あぁ、この人と一緒にいるのって、凄く幸せね。
「っ…ぇん、まぁ…っ…!!」
「…もう欲しい?」
「んっ…ねぇ……」
そう甘えて声を出せば閻魔は私がしてほしいようにしてくれる。
ある部屋の一室で、私は今日も閻魔に求められる。誰もが恐れる閻魔様が私の上に跨がって情けなく腰を揺らすのだ。それだけでもなんて興奮するのかしら。
馬鹿な大王様、虚ろな瞳で私に夢中になってむしゃぶりついて。
「あ、…っ愛してるわ、閻魔」
「俺も愛してるよ」
私の中で閻魔がどんどん大きくなって、爆発する。子宮の中も、胸の中も、脳の中も全て閻魔だけになるこの瞬間が物凄く好き。閻魔大王様に愛された私は大王をたぶらかした魔女かしら、それとも大王を救った女神?こんな恍惚となることなんて、今まで一度だってなかった。あぁ、なんて気持ちいいの。
「もう帰ってしまうの?」
ベッドの上の情事が終われば、閻魔はさっさと身支度を整えてここから出ていこうとする。引き止めたりしないわ。きっとまた明日も、彼は来るの。わかるわ。
毎日毎日飽きもせずに、私を求めるの。
「あぁ、でもまた会いに来るよ」
そう閻魔が笑う。
ほらね、大王は私を愛してしまったから。閻魔大王がこんなにも私にとって素敵な人だなんて生きている間は考えもしなかったわ。
そのとき、鍵が開けっ放しになっていたドアが乱暴に開いた。
「っ大王…!!」
入って来たのは鬼だった。額に二本角が生えた鬼が私の与えられた部屋にずかずかと上がり込んでくる。まだ服も着ていない私がシーツを掴み上げているのをみて、彼は驚いた顔をし、一瞬泣きそうな顔をした。
「鬼男くん」
「大王…あんた、あんたなにやってんだよ!!」
そうだろうとは思ったが、閻魔の知り合いの鬼らしい。私は関係無いことには口を出さない主義だ。ただ黙って二人をみつめていた。
身体中から怒りを現す鬼に向かって、閻魔は苦笑いした。
「…どしたの、鬼男くん。仕事ならちゃんとやったでしょ?」
「ああ、そうですよ、だからです!あんな有り得ないほど速く仕事終わらせて!!一体どこに行ったのかと思ったら…!!」
鬼の彼が私をギッと睨み付ける。一瞬恐怖で体が強張るが、ここへきたのは閻魔の意志だ。私のせいじゃない。
「何言ってるの鬼男くん、俺が名前の為に頑張っちゃうのは今に始まったことじゃないでしょ?」
「…」
いま、彼はなんと言った。
「じゃあ鬼男くんも来たから、帰るよ。」
「…後から行きます」
「うん、わかった」
閻魔の足が動く、やばい、そう思って息を吸った。
「ま…っ…!!!」
声が出なかった。
鬼が私の口と喉を押さえて、ベッドに押し倒された。凄い力、私また殺される?
私の漏らした声に、閻魔は気付かない。
ドアが、閉まる。ようやく、手が離れた。
「っは、ちょっと、待って!!」
「やめろ!!」
叫ぶ、怒鳴られる。目の前に鬼の顔があって、私はベッドに逆戻り。閻魔は戻ってこない。
ピキ、と音がして手元を見ると鬼の指先が形を変えて鋭く尖っていた。
彼は私を傷付けてでも止めるのだろうと、私はなぜか冷静に理解していた。私の視線に気付いて、彼は手を引いて体を起こした。
「っ…すまない…」
「ねぇ、誰なの…?」
「…」
「あの人が、閻魔が呼んでた、名前って、…っ誰なの…」
「…っ…」
彼が帰り際に口にした、名前という人。私じゃない、知らない名前だった。ただ、寒気がする。そう尋ねると鬼はまた顔を歪めた。
嫌な予感しかしない、嫌だ嫌だと心がけ叫びだす。どくどくと動いていないはずの胸が波打つ。
「…大王が愛している、女性の名だ」
「っ…は、……うそよ…」
「本当だ、確かに君は名前さんに容姿が似ている。だから、勘違いしているんだろう。」
「嘘よ!閻魔が愛しているのは私よ!!私を愛して、閻魔は私を求めるの!欲しい欲しいって、私を食べ尽くすのよ!」
「お前に頼みがある、このままと名前して大王に会ってやってくれ」
涙が、冷たい涙が、頬を伝った。
私は、薄く笑いを浮かべて鬼を見た。
「ふざけないで…!!」
「…大王が仕事をしないのは、色々困るんだ」
「あんたっ…私にその名前って女になれって言ってるの…!?」
「…そうだ。」
「なんでよ、あいつが私を愛しただけじゃない!閻魔が私を求めて、私を欲しがって、だから、だから私は、閻魔に…っ…」
「…なら、消えてもらおうか。大王とは会えない場所に。」
冷めた目で私を見つめる鬼が、憎くて、悔しくて、ただ、悲しかった。
私は貴方を騙す魔女になんてなりたくない。
(溺れたのは、あたし)