「妹子、見て見て、素敵でしょう?」


そう言って僕の前に現れた名前は、いつもの使い古した少し汚い(言ったら殺される)服じゃなくて、彼女のあまり好きではないやや派手で高価な衣だった。
そう言う僕も今日は妙に体に馴染んでしまったあの赤ジャージじゃない。祝い事の時だけ身に付ける衣だった。僕も名前も、どんな偉い方に会ったとしても隠れることなく頭を下げることが出来る正装を纏っている。
こんなこと、彼女に出会ってから初めてだ。


「馬子にも衣装?」
「ひっどい!」
「冗談冗談。太子に会った?」
「ううん、まだ。…っていうか会えないよ、今日の主役だもん。」
「だろうね。各地からお偉いさんが来てるし、当分会えなそう。」


太子は僕もよく知らない馬子さんの娘と結婚した。いや、させられた、が正しい。
太子はモテなかったし、彼女もいなかったけれど、そんなのは彼の持つ摂政という地位でどうとでもなる。両人が望まぬことであっても、とりあえず馬子さんは嬉しそうにしていた。でも太子を憐れとは思わない。あの人だって覚悟していたはずだ、いつかこうなることくらい。


「この格好、見せたかったな。あーあ…太子、かっこいいだろうなぁ」
「もう諦めなよ、名前」
「わかってる、今度何でもない時に正装着てって頼んでみる」
「違うよ、太子のこと」


憐れは彼女の方だ。
名前はずっとずっと太子が好きだったし、太子も名前が好きだった。でも太子の好き、は名前が望むものとは違って、名前も太子に自分の想いを伝えることなんて出来なかった。太子はこうして結婚したけれど、名前は今まで来た縁談を全て断っている。地位の低い彼女の家にとってはいい話もたくさんあっただろうに、名前は今日まで希望が捨てられなかったのだ。

僕の言っている意味を理解した名前は、目をそらしてわかってるよ、と呟いた。


「太子、結婚したね」
「…うん」
「名前の片想い、長かったね。」
「そう、だね、長かった。」
「…でも僕の方がもっと長いよ。」
「…え?」


僕だって名前が好きだった。
ずっとずっと、名前が太子を好きになる前から名前のことが好きだった。でも太子のことが好きな名前も僕の好きな名前だった。
それも今日で終わり。


「名前が太子を見てるとき、僕は名前を見てた。でも名前が他の誰かを見ているときだって、僕は名前を見てたんだ。」
「……いも、こ?」
「その衣装、確かに太子のためだったかもしれない。太子は綺麗だっていうかもしれない、でも僕だって思ってるんだよ綺麗だって、可愛いって。」


突然のことに顔を真っ赤にする名前の頬にそっと触れる。彼女は僕の手を振り払わない。太子の手は恥ずかしくて、すぐに避けようとするのを知ってる。
でもそんな風じゃなくていいんだ、何をするのも恥ずかしがるような恋する女の子の名前が好きな訳じゃない。太子を見ている名前も大好きだけれど、本当に好きなのは僕に笑ってくれるありのままの名前だ。


「太子には奥さんがいるけど、僕にとって一番綺麗で可愛いのは名前なんだよ。」
「太子の奥さんより…私綺麗かな?」
「僕にとってはね。でも太子にはそう見えないかも。」
「意地悪だね、妹子」
「だって名前のこと、好きだから」
「私、そんな軽い女じゃないもん」


きっと彼女の心から太子を消すのは時間がかかるだろう。もしかしたら無理かもしれない。名前が太子より僕を好きになるなんて、どんなに頑張ってもないのかもしれない。

まだ太子を諦めきれていない彼女が僕を見る。
なんでだろう。
もう太子をうつさないその視線が、とても愛しい。




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