「…逝ったのか」


木陰に寝そべる俺に、前触れもなく現れた緑色の魔王は前触れもなくそう言った。

俺は冷静だった。


当然か。
百八十年。普通の人間が生きるなら長すぎる時間。親族や友人が土に還っていくところなんて何回も、いや何十回だって見てきた。当然だ、俺がかつて出会った全ての人間が、俺の死を待たずして死んでいくのだから。
たった一人の人間の死など、なんてことのない日常のひとかけらだ。


「…よくわかるな」
「お前に引っ付いていた奴がいないからな。確か…名前、だったか」
「…ああ」
「彼女に魔力はなかったな。だが寿命でもあるまい?」
「胸の病だったらしい。わかってすぐ、死んだ」


俺の百倍どころではない時間を生きている赤き瞳の魔王は、そうか、と表情を無くしていった。いつもはふざけてばかりの彼も、まだ死者への悼みを忘れてはいないらしい。

「随分と堪えているようじゃないか」
「は、誰が」
「闇の魔導師、百を越えてようやく初恋か」
「ふざけるな、そんなんじゃない」
「ふざけてなどいるものか。まだ貴様は、いつもならば死は涙と過ごしているんだろう?涙も出ないか?」
「違う!!…もう、慣れたんだ」


上から見上げるサタンの視線に嫌気が差した。起き上がり、立ち上がる。
まだ幾分か見下されているものの、ほとんど視線は合った。

彼女は死んだ、その事実に変わりはない。
いくら泣いても、叫んでも、狂って誰かを殺しても、彼女は帰ってくることはない。
彼女に与えられた死とは、永遠に失うこと。
俺に与えられた生は、永遠に存在することなのだ。もう、道が繋がることはない。
それを俺は知った。そして、一番楽なのは考えないこと、忘れることだということも知っている。


「お前だって私のようにこれから先生き続けるのならば、こんなことは山のようにあるぞ」
「だから…っ」


忘れなければならないことだって、わかってる。
怒鳴りかかろうとして、同時に涙腺が緩むのを感じた。ぐ、と堪えて、全てを閉じ込めた。
それをみたサタンは口元を緩める。


「好いていたのだろう?」
「っサタ、ン、!」
「涙も流せぬほど、想っていたのだろう?」
「…っ」
「…忘れてやるな。終わった恋に浸る時間など、腐るほどあるのだからな」
「っ…うるせぇ」
「お前はまだ忘れることの恐ろしさを知らんのだ」


水が頬を伝う感覚がして、サタンに背を向けた。




「大切にしろ、」



「私はもう、初恋など、もう思い出せもしないさ」








不死の恋
(最初から、わかっていた終わりを)

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