「あ、閻魔」
ポツリと一人で教室に残っていた私。
廊下から教室に足を踏み入れて、背の高い彼はふにゃりと笑う。
どこかいつもと違ってせつなげ。
でもパッと表情を変えて、閻魔は走ってきた。
「名前ーー!!!」
「げ、くっつくな!座れ!」
「げってひどくない!?」
抱き着いてこようとする閻魔を無理矢理引き剥がして、最後にデコピンを食らわせる。大袈裟にいたがる閻魔は小さな男の子みたいだ。
唇を尖らせて、閻魔は私の前の席に逆さを向いて座った。
「名前ー、俺またふられちゃった」
「また!?今月多くない?三回目?」
「ブー。四回目」
私はまだノートを広げているというのに閻魔はその上に肘をついて顔を伏せる。
閻魔の男にしては長い髪がパサリと机に落ちて、白い首筋が見える。
「…閻魔」
「なに?」
「ん」
「?…絆創膏?」
「首、痕付いてる」
「…あらら」
真っ白な閻魔の肌によく映える赤。耳の後ろのちょうど閻魔からは鏡を使っても見えにくい位置。
こんなの彼にとっては日常茶飯事だ。たくさんの女の子と愛の言葉を交わす閻魔を独り占めしたい。そんな欲望の現れ。
筆箱にたまたま入っていた絆創膏は私によって不格好に閻魔の首に貼られた。
「バレバレだと思うけどな、俺」
「バレてても怪我って言えば言い訳つくでしょ。」
「ま、そうだね。ありがと、名前」
ニコリとする閻魔の顔はとても整っている。
この外見と貼り付けられた笑顔と、ふとした時に見せる黒い大人の彼に迫られて大抵の女が落ちている。
最初に知った時は閻魔に殺意を覚えた。
そしてだんだんと彼が可哀想になった。
今はもはや女の子達が馬鹿だと思う。
閻魔がこういう奴だって、わかっているはずなのに。
「女って、面倒だね、名前」
「それを私に言うんだ?」
「一番は誰なの、なんであの子と寝たの、あたし彼女じゃなかったの。…そんなことばっかり。」
「原因は閻魔でしょ」
「そうだけど、鬼男くんとか、太子といるときは喧嘩してももっと楽しい。」
「じゃあ鬼男と付き合えば」
「じょーだん。そんな趣味ないよ。」
ははは、と二人から漏れる乾いた笑い。
一番傷ついているのは誰?閻魔?
まさか。決まってる。
あーあ。
情けない声を出す。構ってくれと言わんばかりに大きな声で。
「俺、女嫌いになったかも」
ねぇ名前。
そうニヤリとする閻魔。
きたきた。次のターゲットはとうとう私なのね。閻魔。
「じゃあますます鬼男か太子と付き合うしかないわね。あ、大穴で曽良はどう?」
「うわぁ名前、意地悪だね。そんな話じゃないってわかってるくせに」
閻魔、私だって女だよ。
私のことも嫌いになったの?
そんなありきたりな台詞がお望みなら、その辺にいるうるさい女を捕まえればいい。私がそんなことを言わないことだって閻魔はわかっているだろう。
そう、私はどうしたって閻魔の手の上で転がされている。
「ずっと待ってたでしょ?そろそろ名前の番もいいかなって」
「残念ね。閻魔のこと大嫌いよ、私。」
くつくつと喉をならして笑う閻魔。
憎たらしい。絶対に落ちてやらないと思っていた。いやまだ思っている。その赤い瞳は私を離さないつもりなのか。
「ねぇ名前、俺達、想いが通じてるね?」
汚いのは彼なのだ。
絶対に。
通じるのは嫌悪
(どんな想いもあんたは愛に変える)