電車の角に座って、ふうと息を吐いた。
車内は疲れきったサラリーマンでいっぱいだけれど、明日から週末を迎える私達の心はささやかな幸せでいっぱいだ。学生時代は週末は友達に会えなくてつまらなかったけれど、社会人になるとこうも変わるものなのだろうか。

仕事はプロジェクトがようやく一段落したし、来週は友達との旅行が待っている。辛い時期は少しお休みで、自分へのご褒美が貰えるだろう。明日からの二日間の休みは家でゆっくりと過ごせる。何をするかはまだ決めていないけれど、とても楽しみだ。

ちょうど真っ正面に座っている金髪の青年も、同じ気持ちだろうか。ワイシャツ姿でスーツを手に抱えているところを見ると明らかにサラリーマン。うとうとしている彼はきっと私より年上か同じ年くらいだけれどなんだか可愛らしい。

少しすると彼は完璧に眠ってしまったらしく、首を後ろの壁にもたれかけて動かなくなった。整った顔立ちをしているなぁ、とじっと見つめているとその安らかな寝顔に私にも睡魔が襲ってきた。


(…やばい、寝ちゃう…)


まだ目的の駅まではずいぶん時間があるし、ちょっとくらいなら大丈夫。
少しだけ、と瞼を降ろした。












「おい、終点だぞ?」


そう肩を叩かれてびくりと体が震えた。目の前にはあの金髪の青年、慌てて周りを見回す私を見て彼は少し笑った。


「え、や、やばい…!!」

「もしかして寝過ごした?」

「はい…すいません、ありがとうございました。」

「いいって。実は俺もだから。」


はにかむ彼の口元から犬歯が覗いて、なんだか少年のようだった。
携帯を開いて時間を確認する。元から終電ギリギリだったのだ、家にはたどり着けそうもない。サーッと血の気が引いた。これはやってしまった。


「時間大丈夫か?」

「…いえ…無理ですね…どうしよ…」


財布を確認する。所持金は給料日前で二千円しかない。タクシーは無理かもしれない、かといって徒歩で帰れる距離ではないし、こんなクタクタの状況でファーストフード店で一夜を過ごさなければならないのか。


「家どこ?」

「…○○です。」

「○○か、俺その先だから、一緒に帰るか?」

「え…?」

「タクシー、割り勘な。」









見ず知らずの青年と同じタクシーに揺られて数十分。約一時間遅れで私はようやく家の前についた。


「本当にありがとうございました、私お金なくて…」

「良いって。お互い大変だな?」


そう言いながら彼はふぁあ、と大きな欠伸を一つ。もう時計の針は一時を過ぎている。とりあえず全財産の二千円を彼に渡したが、これでいい、と一枚だけ彼は受け取った。


「じゃあ、本当にありがとうございました」


そう言って私が外に出ると、半開きの扉から彼は手を伸ばす。その手には一枚の白い紙。


「?…名刺?」


「それ、俺のアドレス書いてあるから」


え、と顔を見ると少し照れたように額を掻いて彼はこう言った。


「じゃあな、良い週末を」



バタン、と扉が閉まってタクシーが走り出す。名刺はきっと仕事用のもので、真ん中に彼の名前が堂々と乗っている。
変わった名前の彼に少しだけ淡い想いを抱きながら、私の週末は始まった。












(20110624(金)こんなことねぇかな、の想いを込めて)

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