「…帰りたいです…」


「そう簡単に帰れるわけないだろ、ばぁか」


大英帝国イギリス。日本と同じ島国なのに、全然空気が違う。どちらかと言えば水の香りがする気がする。
日本の懐かしい感じはどこにもない。
私はあれからすぐにイギリスに連れられて海を越えた。当然だ、私はもう日本ではないのだから。
今日から私はイギリスの一部、この、私の腕を取ってずかずかと歩くイギリスの一部なんだ。


「…ここが、イギリスさんの家ですか?」


「ああ、どうだ?日本の家より凄いだろ?」


「え?…はい、まぁ」


一体なんの基準で凄いと言っているのか全くわからなかったが、とりあえずイギリスさんは楽しそうなので私も頷いておいた。
イギリスというのは日本とは全く違う世界だった。見たことのない作りの家がそこかしこに立っていたし、随分縦に大きい。聞くとイギリスさんの家も三階建てらしい。菊と住んでいたあの家はいかにもな日本家屋だったから、平屋だった。
木では作られていない、これは石、だろうか。


イギリスさんに見えないように、家の壁をコンコンと叩いた。とても固くて冷たい感じ。

(確かに木造よりは丈夫…でも、温かくないですね。)


すたすた歩いていくイギリスさんの後ろを付いて行くと、イギリスさんは廊下の扉を開けて中を示す。


「わ…すごい」


「とりあえず洋服は用意させたから、好きなの着ろ。その格好はここじゃ目立つし、動きにくいだろ。」


そこには色とりどりの洋服がかけられている。何かがキラキラ光っているものもあって、洋服というよりもドレスに近い。
私は日本からそのまま来たから、桜の花びらがあしらわれた地味な着物のままだ。
イギリスさんに無理矢理にその部屋に押し込まれて、扉を閉められてしまった。



「…全部私には派手すぎます、…仕方ないですけど」


菊がスーツを着た所は何回か見たことがあるけれど、私は浴衣や着物が多かったから洋服は慣れない。違和感が強かった。
とりあえず一番地味に見えた少しくすんだ青のワンピースをさっさと着て、扉を開ける。もう廊下にイギリスさんはいなくて、離れた扉の向こうからカチャカチャと食器が当たる音がした。着ていた着物を抱えて、つるつるした床を歩く。


「あの…着たんですけど…」


「あ、ああ……へぇ、洋服もそれなりに似合うんだな。」


それなりに、という言葉にむっとしながらも私は適当に頭を下げておいた。無表情で済ませたかったが、うまくいかない。
イギリスさんはそんな私を見て、声を上げて笑う。


「もっと可愛くて派手なのあっただろ?ピンクとか、黄色とか」


「そ、そんなの似合わないです。私、髪真っ黒だし、和服しか着たことないですし」


イギリスの支配下になると言っても、イギリスさんは全く高圧的ではなかった。もちろん私はイギリスさんに逆らうつもりはないし、そんなことをしても無駄なのはわかっている。一見そうは見えないが、イギリスさんの強さが本物だということはわかっている。


「…やっぱり和服がいいです…帰りたい」

「…」


「あ…」


「お前、名前は?」


「へ…!?名前、えっと…正式ではないですけど、日本の上司は南島とか、孤島とか…私は島とか呼んだりしてますけど…」


「ばぁか、違う違う、お前自身の名前だよ!」


名前、と言われて一瞬きょとんとしてしまった。イギリスさんは私に手を差し出し、反射的に私も少し腕を上げるとぐいと掴まれた。


「あっ…私は、名前、です。」


「そうか。俺はアーサーだ、アーサー・カークランド」


「は、はい、アーサー、さん」



翠色をした瞳がこっちを向いた。
見たことのない色の瞳、怖かったけれど、あまりにも優しく笑うから、私も少しだけ微笑んだ。




異国

(帰りたい、と言った時のアーサーさんが悲しそうに見えたから、)


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