∴日本の一部の女の子
ちらちらちら。
桜が舞う。もう何十年も桜が咲き、散り、葉になり、また蕾をつける様子を見てきたが、飽きることはない。きっといつまでも美しく見えるのだろう。
縁側から眺める桜は、今日も私の瞳に強く映る。
「名前、朝食にしませんか?」
「はい。あ…でももう少し持ってくれますか?もう少しだけ、見ていたいんです。」
エプロン姿でやって来た菊は、私が桜に視線をやると菊もそちらを見上げた。
「構いませんよ、ああ…今日は風が気持ちがよいですね。」
私の隣に立った菊は、私より少し高い目線から桜を見ている。
まだ満開ではないけれど、綺麗に咲き始めている桜は私の心を癒すには十分なものだった。
「相変わらず名前は桜が好きですね」
「はいっ!だってこんなに綺麗で、立派で…日本の代表花ですから。あっ…菊も、好きですよ?」
「ふふ、気を使わなくて結構ですよ。」
菊は苦笑いして、私の頭を優しく撫でた。彼の着物から少しだけ朝食の匂いがして、そう言えば呼びに来てくれたのだったと気付く。
「…冷めちゃいますし、やっぱり朝食にしましょうか。」
「いいんですか?」
「はい、桜も好きですけど、菊の作ってくれたご飯も大好きです。」
「それはそれは…嬉しいですね。」
にこり、菊が笑う。
なんでこんなに彼の側は安心するんだろう。
机に並んだご飯、味噌汁、焼き魚に漬け物。二人で向かい合って言ういただきますが心地よくて、なんでもない朝食は私にとってはどんなご馳走よりも美味しい。
「名前、お茶はいかがですか?」
「いただきます!」
緑茶を二人で啜って、目が合い笑う。
幸せって叫びたい。こんな毎日が大好きで、一つ一つの幸せが大切だった。
「もし良かったら近くの公園に桜を見に行きますか?」
「公園に?」
「ええ、今日はお花見日和ですからきっと綺麗ですよ。沢山人はいるかもしれませんが。」
今日は休日だし、風はあるけど温かい。日本人皆が桜を囲んで楽しく過ごしているのだろう。それも私が桜を好きな理由の一つだ。
でも、私は首を振った。
「…やめておきます」
「名前?」
「…私、最後に想う景色は菊といつも見ている、あの桜がいいんです」
菊の表情が変わった。
いつも言われている、この話はしてはいけないと。
でも私だって馬鹿じゃないし、一番よくわかるのも私だと思うから。菊は怒っているような、悲しんでいるような、そんな顔をしていた。
「…きっと、もうすぐですから」
「名前、それは…」
「菊」
泣かないって決めたんです。
お別れなんかじゃないから。
「私、日本が大好きです。」
確かな幸せ
(私という存在を、私という国がいた事実を、この国の皆は忘れようとしている。)