「あれ…き…く…?」
「名前、すみません、…本当にすみません。
私は…あなたを守り、切れませんでした。」
ふと気がつくと、私は菊とは違う場所から世界を見ていた。ぐるりと見渡す。手を前に出して、開いて、閉じる。私の自由に動く。
それは普通だ、だけど、でもなにかおかしい。菊が凄く遠くに感じる。
窓の外は暗い、夜だ。おかしい、さっきまで昼で、私は一人で家にいて、いきなり意識が。
更にきょろきょろと辺りを見回し、ようやくもう一度正面の菊を見た。
「っ…!!」
そしてやっと気付く、今まで一緒にいた存在から切り離されたのだと。
痛みはない、でも体が切り裂かれたような気分だった。
私は日本という国の一部で、今私の前に立つ本田菊を全とした個の存在だったはずだ。私は日本の一部であり、日本と共いる存在だった。確かに私は私であったけれど、今の私ではなかったはずなのに。
「上司が、もうあなたを手放すしかないと言うんです。どうにかしたかったのですが、巧妙に攻められてしまい…。本当にすみませんっ…」
菊の体はあちこちぼろぼろだ。知っている、今の日本は戦争中だ。手や足、顔にも当分治ることはない傷が浮かんでいる。ここのところはあまり大きな戦闘はなかったのに、菊は昨日から戦いに行っていた。
血がにじんでいる、ひどく痛々しい。
その上涙まで流して、菊は私を抱き締めた。
私は本州からは遠く離れた小さな孤島。でもとても豊かな土地と、優秀な鉱山があって、戦争で使われている武器等に少なからず貢献していた。小さくて、見向きもされていなかったが、きっとばれてしまったんだろう。そう思えばいつかはこうなる運命だったのかもしれない。
「どこに…占領されたんです…?」
「…英国、イギリスです…」
「イギ、リス……そう…とお、いですね…」
ゆっくり私の頬にも涙が伝った。
菊とずっと一緒にいたかった。皆だってそう、日本でいたかったに決まってる。
私だってこのまま、日本の一部として消えてしまいたかった。その覚悟をしていたのに。
「っ菊……私、日本じゃなくなるんですか…?」
「…っまさか、ずっと日本です、絶対、絶対に取り戻しますから…」
待っていてください。
そう言った菊の瞳はとても強く輝いて、大丈夫だと感じる。私も涙を拭いた。
泣いていられない、私は一人になるのだ。
私は、皆と、生きていかなければいけないのだ。
「…名前、少しの間だけです。辛抱してください。皆さんを、頼みます。」
頷いて、立ち上がった。
「おい、そろそろ行くぜ」
後ろに気配がした。とくんとくんと心臓の音が早くなる。
とても短い決意の時間だった。でもこれは仕方のないこと、菊が悪い訳じゃない。覚悟を決めた。
まだ心配そうにしている菊に微笑んで、私は振り返る。
「へぇ、女の子なのか。」
金色の髪と、淡緑色の瞳。
彼が、イギリス。
にやりと口の端を上げて笑う彼を、見据えた。
私がもう一度生まれた日
(私は、イギリスに日本を追い出された)