閻魔の様子が、おかしい。
ふらふらしてる。くらくらしてる。
無理してる、作り笑いしてる。
知らないふりして触れた肌は、いつも低体温の閻魔とは思えないくらい熱くて、熱があるのかな、なんていう軽い心配に留まらない。
具合が悪そう。そんな問題じゃない。
本人は隠し通すつもりらしい。多分わたしが気付いて心配していることも知っているのだろうけれど、指摘できないオーラが閻魔の周りを漂う。
休憩してほしいのに、閻魔は席から動かない。次の人、次の人。
あり得ないくらいスムーズに仕事が進む。
鬼男だってわかっているくせに、なにも言わない。
「鬼男、閻魔休めないの…?」
「知ってるだろ、大王の休みは年二回だけ。しかもこないだ来たばかりだ。それ以外は例外なく死者を裁いてもらうしかない。」
わたしの心臓がいたい。
辛さを隠して笑う閻魔が、いたい。
「はい、次の人」
「はいはい、残念だけど、地獄」
「暴れない暴れない、さっさと連れてってね」
こんなときに限って、嫌な面倒な人間が多い。閻魔は冷静だ。
殴りかかってくる人間を、座った状態のまま片手で受け止めて、その手をさっと左に動かせば人間は左に吹き飛ぶ。それを鬼達が捕まえて、地獄の扉の中にさようなら。ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、男は押し込まれてしまった。
閻魔はため息をつく。
目を細めて、閉じて、もう一度開く。だめだ、目の焦点が合ってない。
赤い瞳がゆらゆら動く。
「…閻魔…」
「名前、仕事中は私語厳禁だよ?」
「…」
そうふんわりとした笑顔で言われてはもう何も言い返せない。
次の人、次の人。
これが夜まで続くのか、あんな状態の閻魔はいつか倒れてしまうんじゃないか。ただ閻魔帳を見て、どちらかを指し示すだけの仕事なのになんであんなに頑張らなきゃいけないの。
閻魔の額にうっすらと汗が浮かんでいる。
絶対に最悪な状態のはずだ。
どうしたらいいのだろう、私はただ見ているだけで、鬼男はどうしようもないという。閻魔は何も言うなって言う。
でもちょうど次の人が終わった時、閻魔が立ち上がった。
「…鬼男くん、ごめん、五分だけいい?」
「…仕方ないですね」
やっぱり辛いんだ、と思っていたら、閻魔は私を見て苦笑いした。
「…えんま…?」
「おいで、名前」
手を握られた。びっくりするほど、熱い。ふらふら歩く閻魔につれられて、いくつか扉を越えた。
やっと振り返った閻魔はやっぱり困ったように笑っていた。
「…閻魔、どして…」
「そんなに泣かれちゃ、さすがに俺も続けられないよ?」
「え…?」
慌てて頬に触れると濡れている。泣いていたんだ、と初めてその時わかった。だから閻魔は私を連れ出してくれたらしい。そして気付いた。自分が凄く迷惑をかけているのだと。
ふにゃりと笑う閻魔は相変わらず具合が悪そうで、瞳がゆらゆら揺れている。
「ごめ、なさい…閻魔、私、心配で…っ…」
「うん、ごめんね。でも大丈夫だから、俺、死んだりしないし」
「死なないとか……そんなの…関係ないもん…」
閻魔が死んでしまうのが怖い訳じゃない。悲しいわけじゃない。だってそんなことありえないってわかってる。
辛そうな、苦しそうな閻魔を見ているのが、どうしようもなく不安なのだ。
私はなんて愚かなんだろう。閻魔はこんなに頑張ってるのに、頑張ろうとしてるのに自分が悲しいからって更に閻魔を苦しめてる。
ただ、私の気持ちは伝わったようで、閻魔はそうだね、とだけいって、私の頭を撫でた。
「じゃあ、少しだけ名前の元気をちょうだいね」
「え?」
ちゅ、と軽いキスが振ってきて、閻魔は私の手を自分の頬に当てた。
ああ、熱い。私の手は冷たかったのに、どんどん閻魔の熱を吸った。
私も、熱いよ。
私が閻魔の熱を吸う代わりに、私の元気が閻魔にうつればいいのに。
「名前の涙は同情じゃなくて、本当に悲しくて泣いてくれているから、大好きだよ」
そう言って閻魔は、ぺろりと私の涙を舐めた。
熱