名前が、いった。
あたらしい命になって、今ごろはもう誕生を祝福されている頃だろうか。
静かな部屋。さっきまでここにいたはずの名前は、どこにもいない。少なくとも、俺のそばには、もういない。

「素敵な恋がしたい」

誰にともなく呟く。
俺の中に確かに記憶されている名前は、泣いている。最後の瞬間、名前が消える瞬間。彼女は少しだけ辛そうな顔をした。
何故だろう。
俺は、うまく笑えていなかったのかな。

「してたじゃないですか」

ぺらり。紙をめくる音。斜め後ろに静かに立つ俺の有能な秘書はそう言った。
そうかな。
そう見えましたよ。
珍しく優しい声で、そう言った。

「最後、名前は辛そうだった。なんでかな?」

あたらしい命。それは俺は当体なり得ない素晴らしいものだ。また、沢山の経験をして、ここに舞い戻った時魂は更に美しくなっているだろう。
それを祝福して、俺は笑ったのに。
秘書はパタンと音をたてて、本を閉じた。

「あなたに、泣いてほしかったのですよ」

「貴方が今までもこれからも悠久の時を生きるとしても、自分との別れを、惜しんでほしかったのですよ」

でも、と秘書は続ける。
一歩、前に出る。彼の姿が見えるけれど、俺は彼を見れない。
あぁ、どうしよう。

「閻魔大王としては、とてもご立派な判断だと思いました」

笑わなくちゃいけなかった。
彼女を引き留めないために、自分を偽らなきゃいけなかった。あぁ、辛かった。
辛かったよ。ねぇ、名前。
愛してる。

俺の頬を、涙が止めどなく伝う。


後悔なんて、ない。
大好きだった。ずっと一緒にいたかった。この日が来ることだってわかってた。最後に笑って君を送り出せたこと、いままで沢山の別れをしてきた俺の精一杯の強がり、後悔、なんてない。

でも、止まらない。
気が遠くなるような長い時間を生きて、沢山の人を愛した。同じ数以上泣いた。まだ、俺の涙は枯れたことはない。
これからも俺は数百年に一度くらいは、恋に落ちるだろう。そしてまた別れが来て、俺は泣くのだろう。でも、名前、君を愛せたこと、物凄く幸せだった。
涙は、まだおれの頬を濡らしたまま。


あぁ、ほんとうに。




「素敵な恋だった」


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