「っう…」


「あ、死体さん動いた。」






頭がぐらぐらする。頭、というか目、というか体全体が揺れる感覚。多分最後に喰らった一発が効いてきたらしい。吐きそう、気分最悪だ。



どれくらい意識を失っていたかは知らないが、気付けば目の前には見たこともない少女がオレのキャスケットを被って笑っていた。



「…てめぇ、…」


「随分とやられたみたいじゃん?お相手団体さんだったの?」


「馬鹿か、勝ったのはオレ。、疲れたから寝てただけだってーの。」


ふーん、とオレの隣に座り込んだ少女の頭からキャスケットを奪い返して、オレも体を起こした。オレの頬の血をごしごしと拭って、少女はこちらを見据える。
ああ、まだ目の前が揺れてる、なんだ、くそ。



「死体さん頭打った?」


「誰が死体だ…!」


「だって最初死人かと思ったんだもん。まだ寝てた方がいいよ、フラついてるじゃん。」



立とうとして、少女に腕を引かれた。ドサッと尻餅をついて、もう一度地面のベッドに逆戻り。
ね、と少女は笑って、俺の隣に寝転んだ。
さっきはキャスケットで見えなかったが綺麗な瞳、髪。服もよくみれば高級な物を着ているようだ。…どっかの貴族に間違いない。


「…お前、ここで何してんだ?」


「んー、優しいオジサマと待ち合わせ?」


「は?」



驚いて目を見開いた。ニコリと笑う彼女、とんだ世間知らずのお嬢様、か。



「楽しいとこ、連れてってくれるんだって。だから待ってるの。」


「…お前、そりゃあ…。」


どこでそんな奴に捕まったんだか知らないが、そのために家から抜け出してきたのか。こんなとこにいていい人間でないことは確か、もちろん自分は棚に上げることにして。


地面に寝転んで汚れた洋服を叩いて、オレを跨いで路地から大通りを見渡す。



「なんかそれっぽい人立ってる、じゃあ、私行くね。」


「…ちょっと待て」



無理矢理に体を起こして、柱を掴みながら立ち上がった。さっきよりは大丈夫そうだ、吐気はまだ残っているが。



「え、お礼なんかいいよ、何もしてないし。」


「言わねーよ!!」


一歩踏み出して、やっぱり足に力が入らない。まだ歩けそうにない。
少女が駆け寄って来て、仕方なく彼女の肩を借りた。



「…どしたの、えっとー…重症さん?」


「…家、帰れ。」


「えー、なんで?」



ぷうっと頬を膨らませてオレを見上げる。一体こいつは歳いくつだ。
顔を覗き込むように見つめてくる彼女を睨みつけた。



「やだ、せっかく抜け出して来たのに。」


「お前なぁ、…想像してるような楽しいことなんてなんもねーよ!」


「……」



軽く声を荒げると少女はうつ向いてしまった。はぁ、とオレはため息。
これで行かれたらもう仕方ねぇな、と自分にいい聞かせながら、彼女を見ていた。



「ふーん……優しいんだ。」


「は?」


「そんな風に言われるなんて思わなかった、びっくりだよ。」


ふふ、と笑い声を上げながら彼女は洋服で目元をごしごしと拭った。


泣い、てる…?





「だって、家帰りたくないんだもん、いくとこもないし。」



オレの目の前で、彼女はばつが悪そうに笑った。もう眩暈はない、彼女の顔が月明かりで良く見えた。

多分、こいつも、なんだかんだでオレと同じだ。馬鹿な、親不孝者。



「…でも、重症さんがそういうから、今日は帰る。」



ありがと、と微笑んで背を向けて歩き出す彼女に向かって、気付けば声をかけていた。



「…工業地区のマンホール、…夜中開いてっから、入ってこいよ。」


「…ありがと、重症さん。」



スカートとは思えない走りで、少女は闇夜に消えていった。大通りには人一人見当たらない。



「…へんな、女。」





名すら知らぬ初恋の人
(さぁて、隠れ家で寝るかぁ…)
(重症さん、明日会えますように。)




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