ナーオスはいい所だ。
町の人達は優しいし、海は近いし、綺麗だし。アンジュも時々帰ってきて、今はまだこなごなだけど教会がまた建つみたい。何もわからない私が見てもここはとても建物や街並みが芸術的だから、きっと凄いデザインの教会が建つんじゃないかと私は期待していた。
こんないい所に住んでいるなんて、ハルトマンは羨ましい。
そう言えばハルトマンは、名前様も住んでみたらどうですか、なんて返してくるに決まってる。そんなこと出来るわけないからそんなことは言わないけれど。
「もうさっき建築家みたいな人が跡地を歩いてたし、来年には建っちゃうかもね、教会。」
「そうかもしれませんな、随分と早急に進んでいるようですし。」
「私も見れるかな、建つ時期にナーオスに来たいんだけど。…その時もハルトマンがここにいてくれたらお母様が許してくれるかも。」
「どうぞいらしてください。私はいつまでもここにいるつもりですから。」
ニコリと笑って応えてくれるハルトマンに私も微笑み返して、窓から見える街並みに目を移した。
少し過去に、仲間達とここを歩いていたっけ。
「あーあ、皆今頃なにしてるんだろ」
ルカやエルマーナは同じ王都に住んでいるけれど、一度も顔を合わせたことはない。アンジュは大半がテノス、イリアはサニアだから会うことなんてないし、リカルドに限ってはどこにいるのかすらわからない。
スパーダだって、海軍に入ると聞いてから全く音沙汰がない。
どこに、いるんだろう。
スパーダとこんなに連絡を取り合わなかったことなんてない。だから何かがポッカリ抜けてしまったような気がして、少し怖かった。
「…ハルトマン、スパーダから連絡あった?」
「坊ちゃまからですか?…いえ、最近の便りは名前様から来たものだけですな。」
「そっ、か…」
わかってたことだったけど、やっぱり残念だ。あいつが何をしてるのか、気になって仕方なかったから。
でもハルトマンの所にだけ連絡があったら、それはそれでショックなのだろうけど。
「坊ちゃまの事が心配ですか?」
「んー…、え、いや、そういうわけじゃないけど!
…ちょっと、気になっただけ。」
笑みを浮かべるハルトマンさんを少し睨みつけて、そっぽを向いてやった。ハルトマンには昔からなんでもバレてしまう、どこか私の心は見透かされて嘘をつくなんて絶対に出来ない。
今回だってやっぱりそう。
スパーダからの連絡を求めてナーオス来たこと、わかってしまったかな。
「…そうでしたな、名前様はナーオスの伝統的な文化と、歴史を学ぶためにいらしたのでしたな。」
「もう、白々しい!そうです、勉強に来たんですー!」
花嫁修業の一貫ということでお母様を言い負かして無理矢理来たのだ。
やっぱりハルトマンに会いたかったし、ここは好きだし。ハルトマンに会うと昔に戻っているようで、なんだか懐かしい。
でも、帰らなければいけない。本当ならずっとここにいたいくらいなんだけれど。
「お坊ちゃまも頑張っておられるのですから、名前様もしっかりお勉強なさってくださらなければなりませんぞ。」
「どうかなぁ?ちゃんとやってるのかどうか、怪しい所だと思うけど。」
「いえいえ、きっとスパーダ坊ちゃまは頑張っておられます。すぐに新聞に名が載るようになるでしょうぞ。」
「そんな出世する奴かしら?」
スパーダは義に厚くて、確かに強い。けれど、それだけじゃきっと出世なんて出来ない。でも、なんとなく
口ではそう言ったけれど、でも、どこかでスパーダが出世するかもしれないって思っていた。
「あ、そういえばスパーダが出世したら、ハルトマンさんを家に戻して子供の教育係にしたいって。」
「ほう!それはそれは光栄なことですな。」
「そうー?またスパーダみたいのの相手しなきゃいけなくて、大変じゃない?」
スパーダみたいな子供を一生に二回も面倒みるなんて、ハルトマンさんも物好きだと思う。しかも光栄だなんて。
私が顔を歪めると、ハルトマンさんは声を上げて笑って
「何をいいます!
名前様の子供でもあるかもしれませんぞ」
「な、何言ってんの?!」
「じいは楽しみにしております。お二人のご子息なら賢くかわいらしいでしょうな。」
「ちょ、ストップ!!
あ、ほら、もうこんな時間!」
ずず、とお茶を飲み干すと私は鞄を抱えて立ち上がった。そろそろ帰らなくては、船が出る時間になってしまう。これ以上ここにいたら家から人が来てしまうだろうし。
無理矢理に会話を切って、玄関に立つ。
「ハルトマン、じゃあ、またね。」
「帰ってもしっかりとお勉強なさってくださいませ。」
「わかってます、心配しないで。」
昔のように頭を下げるハルトマンに見送られて、私はドアを開けた。
花嫁修業、だなんて名前だけかと思っていたけれど、もしかしたらそんなことないのかもしれない。
「…さっきの話、
…スパーダが出世したら、考えてあげてもいい…かな。」
少しだけ振り返って、そう言った。
「はい、楽しみにしておりますとも。」
「私達の子供が産まれるまで、元気でいてね。」
なんて冗談に二人で笑って、私はナーオスを発った。
本気で将来について考え始めた、あの日。
(距離が離れていたって、貴方達ほどの絆があるならばきっと)
僕らの自然体
(着いていた手紙には、あいつの私への想いが詰まっていた)(ような気がする)