てこてこてこ、ぶんぶん。
時折聞こえる独り言。
いつもいつも見掛ける小さなあの子が気になってた。一人で走り回ってみたり、木刀(といってもあまりちゃんとしたものじゃない)を振り回してみたり、時々転んでみたりしてひたすらに一生懸命だった。可愛いな、くらいに思っていたはずなのにいつのまにかカッコいいね、と呟いていた。
執事に無理を言って予定をずらして、あの方がいなくなった隙をついて、やっと掴んだ、自由な時間。
いざ、あの子の元へ。
長いスカートの裾を上げて、ゆっくり階段を降りていくと綺麗な瞳がこちらを向いた。あの方と同じ髪の色、でも瞳の色は違う、発する光も、全く。
「スパーダ、君?」
「…だれ?」
木刀を降ろして、くりくりとした目が向けられた。怒られるの覚悟でスカートをまとめて握り締めた。やっとのことで彼の前で座り込むと、不思議そうに首を傾げていた。
「えっと、私ね、スパーダ君のお兄さんの、結婚相手。」
「…どの?」
「あ、えっと、一番上の。」
「ふーん、…あいつか。」
興味なさそうにそう呟くと、スパーダ君は私の手に掴まれたスカートを引っ張った。スカートが元の位置に戻って、慌てて立ち上がって裾を持った。
「しゃがまなくっていいよ。オレが合わせてあげる。」
ととと、と走ると階段の脇にあった石台の上に座った。隣の壁に私が寄りかかれば目線は同じ。ニコリと微笑むとスパーダ君は照れたようにそっぽを向いた。
「スパーダ君、いくつ?」
「八。」
「八歳か……」
八歳にしては、なんだか大人びた話し方。落ちないように、と思って背中に手を当てると簡単に振り払われてしまった。小さくても自尊心はあるようで、流石はベルフォルマ家といった感じ。ツン、とした態度で足をぶらつかせている少年は、貴族である私にはあまり側にいない存在だった。
「いつもここで遊んでるの?」
「うん。」
「一人?」
「…お客が来るからってじいも行っちゃった。多分、あんたの家の人を相手してるんだよ。」
悲しそうに口をへの字に曲げて、嫌味な意志はないのだろうけれどそう言った。私が顔を覗き込むと軽く睨みつけられて、視線を外されてしまった。
「そっか、ごめんね?私でよかったら遊んであげるよ?」
「あ、遊んでなんかねーよ!たんれん!!」
持っていた木刀を示して、ぶんぶんと振り回す。ぷうと頬を膨らませるその姿は年相応の男の子だ。かわいらしくて頬が緩んでしまった。
「そっか、そうだよね?スパーダ君も騎士さんになるんだもんね…」
あの方のように、彼もなるんだろうか。あの方は、彼みたいだったんだろうか。
私がうつ向くと同時に、スパーダ君は顔をこちらに向けて言った。
「オレ騎士になれないよ。前、兄貴に言われた。」
「!」
忘れていた、スパーダ君、七男なんだ。騎士のことはあまり詳しいわけではないけれど、あの方を含めて六人が上にいる。そんな彼に財も権も回ってくるわけがないのことくらいわかった。
なんと言っていいかわからなくて、曖昧に口を開いた。
「そ、っか……じゃあ」
「でも強くなるけどね、オレは。」
誰も手伝ってくれないけど、と呟いてニコリと、初めて笑ってくれた。その瞳が、私の心に突き刺さった気がした。
あの方より地位も、財も、なにもない、のに。
なんでこの子こんなに輝いて見えるんだろ。
(ここに、くるたび、見てた。
頑張って、頑張って、強くなろうとしてたこと。)
私、なんて弱いの。
この子を“生きている”というなら、私は、生きてなんていない。
意志も、度胸も、勇気もない。私、ダメだわ。
「…悲しいの?」
「え…」
泣いてる、とスパーダ君が私の頬を拭った。抱き締めてしまいたい、と思ったけれど頭を撫でるだけに止めた。
「そう、なのかな、」
「…助けてやろうか?」
自信に溢れた瞳を輝かせてそう言われて、私はその言葉を“幼い”ということだけで流せなかった。
ぴょんと石台から飛び下りて、階段を駆け上がっていく。
「オレが助けてやるよ」
「…待ってる、」
小さな君と、小さな約束
(あの子となら、結婚したかった)
(兄貴からいつか奪い取ってやるから、待ってて)