当然ながら、朝起きるともうレッドはマサラを発っていた。
というか起きたら昼を過ぎていて、起こさなかったグリーンを攻める気にもならなかった。ベッドを占領し、夜中まで付き合わせたこともあってグリーンも私と同じように昼まで寝ていた。
グリーンには「昨日はごめんね」と書き置きを残して私はグリーンの家を後にした。
一度家に戻って、シャワーを浴びて、服を着替えるとレッドの家に向かった。
レッドのママさんとも仲良しだし、頼んでいたものが部屋にあるのだと嘘のお願いをしたらすぐにレッドの部屋にあげてくれた。
(無断で入って、怒られるかな)
そんな心配をしながらも、嬉しくなってしまう。レッドの部屋に、好きな人の部屋に上がっているのだ。
一通り見渡してもグリーンや私の部屋と物の量が違う。無駄なものは服も家具も一切ない。いつも旅をしているけれど、レッドは荷物もほとんどない。
元々あまり物に頼らない人なのだった。
「…好き、か…」
昨日言えなかった言葉を口にしてみる。
ちょっとだけ涙が出そうになるのを堪えて、ベッドに座った。
昔。
まだレッドがチャンピオンでも、ポケモントレーナーでもない頃。
私達はいつも一緒だった。
それに疑問なんてなかった。
マサラはあまり子供が多い町ではないし、親同士も仲が良かった。隣にはいつもレッドとグリーンがいた。
初めて野生のポッポを見たときも、コラッタを見たときも、トレーナー同士のポケモンバトルを見たときも、一緒だった。
唯一違ったのは、私は旅に出なかったこと。
窓際にある写真立ての中で、鈍感だった私たちが笑っている。
レッドは行ってしまった。
それを確認すると私はレッドの家を出た。
マサラは素敵な町だ。住んでいる人は皆優しいし、やってくる旅人もよい人ばかり。そんな町だからきっと、チャンピオンがたくさん生まれてきたんだと思う。
「…名前、ここにいたのか。悪い俺も寝てて…」
「グリーン」
レッドの家の前でグリーンと鉢合わせた。彼は多少跳ねた髪を気にすることもなく、私を見つめて立ち止まった。
「……どうするんだ?」
「どうしようもないよね。明日からまた博士のとこで勉強する日々を送るよ。」
「そんなことは聞いてない」
「そうだね、わかってる。」
「…レッドは出ていったんだろ?」
「うん。シンオウの方に行くってママさんに聞いた。」
グリーンの視線が怖かった。
無表情で思考も読み取れないし、私もそれに対抗して出来るだけ淡々と述べた。
仕方なかった。
言いたい。彼に好きだと伝えたい。
でも怖かった。
怖くて仕方なかった。彼との関係が壊れるのも嫌だし、彼が私を好きではないと知るのが怖かった。
「わかってる。
…わかってるの、私は逃げたんだって。ごめんね、グリーンに心配かけて。」
「…心配なんて、してねぇよ」
「…それでも、迷惑かけてるから。ごめん。」
「…お前ってやつは…」
グリーンが何やら呻いて、いきなり私の腕を掴んで引き寄せた。思わずびくん、と体が震えるのがわかるとグリーンは手を離して私のじっと見つめた。
「…名前」
「…は、い…?」
「…好きだ」
「…へ…?」
抱き寄せられて、初めて私は彼の気持ちを知ったのだった。
動けないほど
だきしめて
(君があいつを思うより、きっと、ずっとつよく)