誰のためでもない。
確かに僕は、
僕のためにチャンピオンになったんだ。
小さい頃から、ポケモンが大好きで、大好きで。
10歳になって、博士からポケモンをもらって一緒に強くなった。
最初は強くなりたいと強く思っていたわけじゃないけれど、いつのまにか強さを、求めるようになっていた。
ポケモンたちも俺がそうなっていくことを望んでくれていたし、俺自身も強くなることが楽しかった。
いろんな場所にいけるようになったし、いろんな人に出会うことができた。
知らないうちに誰かを助けていたこともあったし、助けたいと思って助けることができないこともあった。
つまり、経験を俺は積んでいたんだ。ポケモンたちと同じように。
ひたすらに頑張って、頑張って、頑張って。
いろんな奴と戦って、勝って、負けて。
ジムにも行って、バッジをもらって。
そして、気づいたとき俺はチャンピオンだった。
すべてのトレーナーたちの頂点。見本、リーダー、あこがれ。
嬉しかったんだ。
チャンピオンであることは俺の誇りだ。
確かに、俺のたいせつなこと。
「なぁ、ほんとに行くのか?」
やめろよ、そう続きそうなほど不機嫌そうな声だった。
そう言われるのは少し悲しくて、少し嬉しいことだけどとりあえず彼の前では笑って置いた。
「もちろん、俺が行かなくちゃあそこの人たち、ポケモンたちは助けられない。このままじゃ人もポケモンも全滅だ。」
「でも、お前が行ったってどうにもならないかもしれないぜ。」
「そうかもしれない。
でも、俺以外が行ったって無理だったんだ。俺ならって、みんながおもってる。
」
「お前だって、死ぬかもしれない。」
「でも、行くんだ。」
世界各地で起こる犯罪、ポケモンによる事故、事件。
それを止めるのも俺の、チャンピオンとしての仕事だと思っている。
人間とポケモン。二つの種族がただ幸せに暮らすには、世界は少し狭い。
共存という道を選んでいるおれたちの中には対立もあれば、犠牲が出るほどの戦いになることだってある。
それを和らげること、それが俺にできるか、なんていわれたってわからない。でも、一つ言える。
俺とポケモンには信頼がある。絶対的な信頼。
それによって何かがかわることは確かにあるのだ。
「どうしてもか?」
「ああ、どうしても行きたい。」
「お前がチャンピオンだからか?」
「…そう、かな。でも、チャンピオンじゃなくても行ってたかな。強いポケモンと戦えるかもってさ。
」
「レッド、おまえな…」
「…ごめん、グリーン」
グリーンはきっと俺のことが好きだ。
いつもいつも俺が危ないことをしようとするととめてくる。
昔はそんなことするやつじゃなかったのに、今はまるで母さんみたいに見える時すらある。
いつもあまり表情は変えずに、俺に説教ばかりするんだ。
「もし死んだら、よろしくね。」
初めて、こんな言葉を言った。まだ俺十代なのに、すごく大人になった気がした。
でも、ふざけて言ったわけじゃない。明日向かう場所はどんな危険があるかわからない。
今だってもうたくさんの人たちが犠牲になってる。
その名前の羅列に、俺の名前が刻まれるかも知れない。
俺の仲間のことも、俺自身も信じてる。でも、もしも、そう考えるなら、君に伝えておかなくちゃ。
「名前は」
「…」
「名前はどうする?」
「ずるいね、グリーン」
「はぐらかすな」
名前。
その名は出さないでほしかった。俺の唯一の弱さであり、強さ。
彼女のことを考えたら、意志が少しだけぐらつくことをグリーンは知ってる。
もし、もしもほんとに俺に何かあって、この世から消えたら。
俺はチャンピオンになれたし、十代にしてはいろんなことをしてきた。
後悔は彼女のことだけだ、きっと。
他の事は何もない。
「人のため、なんて馬鹿らしい。名前といっしょに幸せに生きていく方がいいに決まってる。」
「…」
「そんなこと俺が言うと思う?」
「いや、思わない」
「だろ?」
笑ってやったら、グリーンも少しだけ笑った。
グリーンが俺に厳しい理由。
実は知っているんだ。俺のことが好きなわけじゃないこと、実はわかっているんだ。
ごめん、とか謝ったりはしないよ。
だってグリーンが自尊心強いことわかっているし。
「…名前に出会った俺が、名前を幸せにしたいとおもった俺が、チャンピオンになったんだよ。
チャンピオンがどんなに責任のあるものか、俺はわかっていた。
…グリーン、意味わかるでしょ?」
どんなにチャンピオンが一人の人間だと叫んだって、俺は、チャンピオンのレッドだ。
「だから」
俺がもし、チャンピオンとして、無様なことをしたら。
「グリーンが、幸せにしてあげてよ」
こういうとき泣きそうな顔をするんだ。いつも眉間に皺寄せてる癖に。
もう、夜が明ける。
いかなくちゃ。
チャンピオンの俺を待っている人がいる。
「…レッド、ほんとに俺がもらっちまうぞ!いいのか!?」
「そうなったなら俺には何も言えないよ。死人にくちなしって言うだろ」
「お前な…」
あのとき、グリーンに勝った時から、俺はチャンピオンなんだ。
次、いつかチャンピオンを任せられるような強い奴が現れて、俺がそいつに負けるまで。
それまで俺はずっとチャンピオン。
俺の誇り。
それが俺の選んだ道
チャンピオンロード
(名前、愛しているんだ、世界なんてどうでもよくなるくらいに)