「あのー、すいません」
「はい?」
校門前で僕に声をかけてきたのは、女の子にしては背の高い、それはそれは美人な子だった。
制服はここの学校のものじゃないし、十中八九他校の子だった。珍しい、他校の生徒がこの学校に来るなんてあまりあることじゃないのに。
彼女は振り向いて立ち止まった僕に駆け寄ると、軽く頭を下げた。
「私、この学校の生徒会長に用事があるんだけど…」
「生徒会長って、閻魔さんのことですか?」
「あ、閻魔のこと知ってるの?やった、ラッキー!」
「…まぁ、一応僕も生徒会なんで」
そうなんだ、と笑うと彼女は僕の腕をつかむとスタスタと校舎に向かって歩き出した。
「ちょ、マズイって、君他校の生徒ですよね?見つかったら怒られる所じゃないですよ」
「だから、見つからないように連れてってよ。ね?」
「いや、あのね…貴女、何者ですか?」
「んー…閻魔の女、かな?」
「え、嘘ぉ!?」
自称閻魔の彼女を名乗った彼女は、苗字名前さんと言うらしい。 なんとなく自己紹介すると、やはり隣の私立高校の生徒だった。
ひやひやしながら外階段から校舎の中に入り込むと、放課後ということもあって人気はなかった。多少は安心して彼女を先導する。
名前さんの履く靴の踵がカツカツと音を立てて、それがやけに耳につく。
少し首を曲げれば、あちこちを見回しながら歩いている名前さんが見えた。
「…本当に閻魔さんの彼女なんですか?」
「そうよ?彼女だし、幼なじみ。
っていうか、妹子君だっけ、閻魔の友達?」
「友達…まぁそうですね。」
「ふぅん…閻魔、私のこと話してないのね。」
ふと生徒会の役員である自分がこんなことをしていいのだろうかとも頭を過るが、名前さんは本当に閻魔さんの彼女のようだし、全て閻魔さんのせいにしてしまえばいいか、と自分でも恐ろしい考えが浮かんだ。
「確かに閻魔さんに彼女がいるって聞いたことないですね。この間苦し紛れに自分で言ってましたけど、絶対嘘かと…」
「あはは、だよねー!閻魔、ふざけてるもんね。」
「でも閻魔さん確かに見た目だけはいいし…お似合いなんじゃないですか?」
「そう?ありがと。」
目を細めて微笑む名前さんに一瞬ドキッとしてしまったのは内緒だ。
名前さんは同じ歳とは思えないほどに大人っぽくて、手足も長くて、美人だ。そう言われれば、どこをとっても閻魔さんの好みかもしれない。閻魔さんの好みを熟知しているわけではないけど、なんとなくそう思った。
「あんなに馬鹿でダサいのに、見た目はいいから本当に大変なんだから」
「…ああ、やっぱり、心配ですよね。一応うちの学校も可愛い子多いし。」
「あ、ううん、…全然そういうのは心配してないの。」
え、と思わず口から出てしまって、名前さんは苦笑いする。
確かに名前さんは美人だけれど、美人だと浮気されるわけないと考えるものなのか?いや、それはないだろ、と頭の中で議論が起きた。
「あー…それは」
「違う違う、私より可愛い子なんていない!とか、思ってないから」
僕が口ごもると名前さんは気付いたようで、手と首をブンブンと左右に振った。
「じゃあ、なんでですか?」
「そんなの、閻魔が私のこと大好きだって、知ってるからだよ」
「…え?」
「それに私以上に閻魔のこと想ってる人なんかいないって、断言出来るし」
だから心配はしてないの、と名前さんは笑って続けた。
素直に珍しいなぁと思う。奪って奪われての関係は恋愛にはどうしても出てきてしまうものだろうに。僕ももし彼女が他の誰かを好きになったら、なんて考えるだけで危機感に襲われる。
「私と閻魔は恋人だけど、愛よりも信頼の方が強いの。」
「へぇ…」
「妹子君、彼女は?」
「いますけど…」
「じゃ、そのうちわかるよ。でも女の子は大事にしなきゃだめよ、私達は少し変わってるから。」
「…勉強になります。」
廊下の一番奥に生徒会、と書かれたプレートが見える。
あ!と嬉しそうな顔で振り返る彼女に頷いてやると、名前さんは駆け足で生徒会室に向かう。
「…入っていい?」
「多分閻魔さんしかいませんよ、入って平気だと思います」
名前さんは頷いて、遠慮なくドアを開けた。開けた瞬間、表情が輝いて、僕もなんだか気持ちが和らいだ。
「…閻魔!」
「え…名前!?」
顔は見えないが閻魔さんの声が聞こえる。
良かった、本当に知り合いだった。と今更なことに安心しながら、僕は生徒会室に背を向ける。
なんだか不思議な人だ。
恋人をそんなふうに信頼出来るなんて羨ましい。幼なじみだからだろうか、長い年月が二人をそうさせるんだろうか。
「妹子!」
振り返ると扉から閻魔さんと名前さんが顔を出している。軽く手をあげると、二人は笑った。
「ありがと、妹子君!」
「すまない、ありがとう!」
閻魔さんのにやついた表情にイラッとしたけれど、あまりにも二人が幸せそうに見えて、何も言わずに僕は生徒会室から離れた。
本当なら、閻魔さん彼女いたんですね、とか色々と冷やかす言葉だって持っていたのに。
またガラガラと扉が閉まる音が聞こえて、廊下は僕だけになった。
寂しいような、でも心は温かいような。気分は悪くない。
ふとポケットに入っている携帯を手に取って、ボタンを押す。
見慣れた彼女の名を見つけると、電話を耳に当てた。
「もしもし……いや、用事はないんだけどさ、…うん、あのさ、
今、凄く会いたいんだけど」
閻魔の彼女と妹子君