トントン、と控えめな音が生徒会室に響く。
生徒会役員の中でドアをノックするような奴はいないから、少し驚いて見ていた書類から視線を外した。
「どうぞー?」
ゆっくりと開く扉の先にいたのは、よく見る後輩の一人。
ドアを半分くらい開けた所で俺に気付き、緊張していた表情が和らいだ。
「失礼します、あ…閻魔先輩」
「名前ちゃん」
いらっしゃい、と笑ってやると彼女も吊られてニコリと笑う。
名前ちゃんは鬼男くんの可愛い可愛い彼女で、俺も何度か会って話したことがある。見た目通りに性格も可愛くて、優しくて、謙虚で、絵に描いたような大和撫子だ。
「お疲れ様です、今日は会長さんだけですか?」
「そ。鬼男くんなら来てないよ?
仕事俺に押し付けて帰っちゃうんだからひどいよねぇ?」
「そう、ですか…」
まぁ俺がサボったからなんだけど、そうふざけても名前ちゃんは苦笑いだった。
俺以外いないとわかると名前ちゃんは急に、残念そうにして、小さくため息をつく。
うん、可愛い後輩のために一肌脱ぐのは先輩の役目だ。
「…どうかしたの、名前ちゃん?」
「え…あ、いえ、大したことじゃないんです。」
「いーから、この閻魔会長に話してよ。ほら、お菓子あるから」
鬼男くんと妹子に見つからないように費用で買ったクッキーが実は引き出しの中に入っている。ガボッと取り出して机に置くと、名前ちゃんも観念したのかお茶をいれようと鞄を置いた。
クッキーは太子とかなり悩んで買っただけあって、美味しかった。元から食べかけとはいえ、全部食べたら多分後で煩いだろうし、少しは残して置かないといけないだろう。とりあえず美味しそうなやつから食べるとする。
「さてさて、どうしたんだい?」
「…ただ、鬼男を探してたんです。」
「あ、鬼男くんと約束してたの?」
「いえ、でも、……全然、会えないから…」
「会えない?あれ、同じクラスじゃないの?」
「…そう、なんですけど…あんまり、学校で話してくれなくて…」
あーなるほど。さすが俺、さすが生徒会長
。
なんとなく今の話だけでわかってしまった。
鬼男くんは本当に良い意味でも悪い意味でも真面目だ。
彼が名前ちゃんを凄く好きなことはよく知っているけれど、多分、どこかで空回りしてしまっているんだろう。
「鬼男は、私のこと嫌いになってしまったんでしょうか…」
「…駄目だなぁ、鬼男くん。可愛い名前ちゃんを悲しませるなんて!」
「違…鬼男は悪くないんです、私が、ワガママだから…」
きゅん、と胸の奥が鳴った。
体を縮こまらせて涙を浮かべる姿はまるで小動物のようで、可愛いなぁと口には出さないがただ思っていた。
左手を彼女の頬に伸ばして、そっと涙を拭ってやる。彼女は私すら拒まないし、警戒しない。名前ちゃんの純粋さは嫌と言うほど伝わってきた。
「俺なら、名前ちゃんを泣かせたりしないよ?」
「へ…?」
ポカンと口を開ける名前ちゃんに、思わず笑ってしまった。まだ唖然としたままの名前ちゃんの肩を両手で掴んで、視線を合わせる。
「嘘。
自信を持ちなさい、大丈夫。名前ちゃんは、優しいいい子だ。鬼男くんが嫌いになるわけないよ」
「あ……は、い……!」
名前ちゃんが微笑む。
よし、と俺も笑うが、その瞬間、身体中に寒気がした。
「…っ…この、イカ…!!」
いつの間にか開いたドアから恐ろしい形相の鬼男くんが見える。
慌てて名前ちゃんから手を離して、立ち上がり、両手を上げた。
「鬼男……!?」
「ま、待った鬼男くん!ちが、私はただね!」
「黙れこの変態がぁ!!!」
「ど、ぁああああああ!!!!!!?」
捕まれて、なされるがままに投げられた。ついでにぐっと腹を蹴りあげられた。
体が宙を舞って、視界が反転する。
「と…ともえなげは…初めてだね…鬼男、く…」
反転した世界で、鬼男くんが名前ちゃんに駆け寄って、抱き寄せる。
「何かされたか?」
「さ、されてないよ!」
名前ちゃんがぶんぶんと首を振るのを確認すると、鬼男くんは倒れた俺を見下ろして、また殺意を込めた目をした。
「いくら会長とはいえ、こいつに手を出したらただじゃおかないからな!!!」
「は、はいっ…気を付けます…」
ならいい、と鬼男くんは名前ちゃんの手を引いて、さっさと部屋を出ていってしまう。
名前ちゃんが心配そうにこちらを振り返る。
「わかったでしょ?」
そう言ったのは聞こえたらしく、名前ちゃんは照れながらも頷いた。
鬼男の彼女と閻魔様