曽良は、馬鹿だ。
「…そ…ら……?」
「っ…」
反転した世界、痛む背中に、彼の周りから見える天井。何が起きたんだろう、真っ黒い曽良の瞳から、目が離せない。怖い、怖い。
でも、彼の名を呼んでしまった。
それ以外の言葉が思い付かなかった。
私の腕と足を、体全てを使って彼は動けなくする。私は反射的に手足に力を込めるけれど、女の私には到底敵う相手ではない。
「…っ馬鹿な人だ」
「ぇ、や、…曽良!」
曽良は顔を私の首筋に埋めて、私の肌に口を付けた。いや、噛みついたのだろう。鋭い痛みが私を襲う。
そのあとも数回痛みがあって、ようやく曽良は顔を上げた。唇が艶めいて光って、まるで吸血鬼のようだと冷静に考えた。
「…っ…な、どうしたの、…?」
「…用心しなさすぎなんですよ、貴方は」
「っちょ、いゃ!!!」
曽良の手が私のスカートの中に入った。
体が、震える。
太ももを直接触られて、ビクン、と体が揺れた。 必死に曽良の腕を掴んで止めようとするが、止まらない。
「っ待って、ねぇ、!」
「…うるさい」
曽良の瞳がまたこちらを見る。 怖い、ただそう思って私は目をぎゅっと瞑った。
彼の手が私の頬にかかる、そのまま強引に口付けられた。
曽良の舌が私の口内を全て犯していく。息が、出来ない。涙が止まらなくて、口付けられたまま目を開けると、曽良は、瞳だけで笑った。
「…っ…なん…で……」
「…だって、こうしなきゃ、貴女は僕の物にはならないでしょう…?」
「そんなこと…っ…!」
「黙りなさい、名前」
次に目を覚ましたとき、曽良は私の隣に座っていた。
ただただ、涙が溢れて。
それを見て曽良は、謝りもせず、私を見下ろしていた。
彼の心は、ここにまだあるだろうか。
「…っ…ごめんね…」
私は貴方を愛してあげられるのに。
なんでこうなってしまったんだろう。
貴方が不器用なのはよく知っていた。
でも、たった一言、欲しいと思うのは私のわがままなのだろうか。
「…教えて、私…どうしたらいい?」
私を無理矢理に抱いたことが、嫌だったわけじゃない。抱きたいと思ってくれたことが嬉しかったくらいだ。
ただ、彼の黒い瞳が、私の知らない曽良で、それだけが恐ろしくて堪らなかった。
でも今の曽良は私の知っている曽良だ。
自分にも他人にも厳しくて、強くて、少しだけ怖くて、でも優しい曽良だ。
彼の表情は無表情だったけれど、私はわかる。凄く、辛そうな曽良がそこにいた。
ただ私を見下ろす曽良の言葉を、私は待った。
そっと曽良に手を伸ばして、曽良を抱き締めた。
怖かった。
でも、曽良は凄く温かい。
とくんとくんと、どちらかわからない胸の音がする。
しばらくして、曽良がすっと息を吸い込むのがわかった。
「…一つだけ、厚かましいお願いがあります」
「…なんでも聞くよ、なに?」
「貴方は…馬鹿ですね」
曽良の胸から顔を上げる。
曽良は、瞳に涙を薄く浮かべて、私を見て笑った。
「…僕を、愛してくれませんか、名前」
愛の行方