ずっと生きていたいよね、と妹子が言った。
私はなんのことだかわからなかったけれど、そうだね、と頷いた。
幸せになりたいね、と妹子が言った。
私はなんでか妹子が幸せそうじゃく見えたから、私は頷かなかった。
雨が、降る。
私の家の前で、妹子はただ立っていた。だから私はその隣に立った。どうしたの、と尋ねたけれど、妹子は曖昧に笑った。
雨は、私たちを濡らした。
妹子の茶色い髪がだんだんぺしゃんこになって、頬をつぅと水が伝った。私の着物も色が変わって、靴の中まで雨が入り込んでくるのがわかった。お互いがびちゃびちゃだったけれど、不思議と寒いとは感じない。
妹子はそこから動いてはくれなかった。
君は中に入りなよ。ううん、いいの。
そんな会話を何回もした。
妹子の腕を握った、冷たい。頬を撫でた、冷たい。
妹子の瞳が、色を失ったように黒かった。
嫌なんだ。
怖いんだ。
妹子の声は、小さくて雨にかき消されてしまいそうなほどなのに、私の耳にはちゃんと届いた。何がかはわからない。戦い続けるこの時代が、自分の今の立場が、周りの人間が、もしくはそれら全てか。
でもそんなことは関係ない。
あぁ、妹子は今泣いてるんだ。
すぐに妹子の背中に手を回して、抱き締めた。見た目なんかよりずっと筋肉のついた体が、ふるふると僅かに震えていた。
滴る水は、妹子の涙を隠す。私たちの体温を奪う。
大地を濡らして、明日を生きさせる。
妹子は明日、私の顔を見て、少しばつが悪そうに頭を下げるだろう。私は笑って、大丈夫だよ、と答える。それで終わり。
妹子の事はなにもわからず、何もなかったかのように私たちは過ごすだろう。
でも忘れないようにしよう。
何かに苦しみ、悲しみ、絶望する心が妹子の中にあること。ううん、人には誰しもこうして泣いてしまいたくなるときがあること。
妹子がそうなったとき、いつでも抱き締めてあげられるような私でいようと、そう思う。
「家、入ろっか」
涙雨