「おはよう、鬼男」
「あぁ、おはよう」
きらり。ちくり。どきり。
毎朝部活の朝練を頑張れる理由なんて、一つだけだ。毎日優しく微笑むマネージャーのため、なんてどこの漫画だと思うけれど、俺はそうなんだから仕方ない。
朝一番に来る彼女に合わせて、俺も登校時間を十五分も早くした。それでも彼女に会えただけでこんなにも幸せなんだからいいんだと思う。
体育館、いつもなら二人きりのはずの場所に、最近は先客がいる。朝練なのに、制服姿。床に寝そべって携帯をいじる、一つ上の先輩。
「閻魔先輩」
少しだけ嬉しそうに彼女が笑う。この瞬間が堪らなく嫌だ。
「名前ちゃん、鬼男君、おはよ!」
「閻魔先輩、今日はいるんですね。」
「そうだよ、だって名前ちゃんがいるしね!」
勢いよく体を起こす。バスケ部に所属してはいるものの、最近まで全く姿を見せなかった閻魔先輩、通称大王。
にたぁ、と気持ち悪いくらい緩んだ笑顔で笑って、名前も答えて笑う。
「またそんな。練習してください」
「やだよー。名前ちゃんとお話できないじゃん」
「大王、マネージャーの仕事の邪魔しないでください。いっそ消えろ」
「鬼男君辛辣!」

唇を尖らせて、文句を言う大王に、俺はボールを投げる。バスケをしに来ている訳じゃないことはわかってる。
大王がバスケ部に来はじめたのは二週間前。前の彼女に浮気がバレた次の日だということも、俺は知っている。

「あ、ねぇねぇ」

大王はコートに立ち、小学生のような雑なドリブルをしながらゴールから少しずつ離れていく。
スリーポイントラインを越えて、さらに一メートルくらいは離れたところで手をあげた。


「俺がここからシュート決めたら、名前ちゃん俺と付き合ってね!」
「!!」
体が、びくんと震える。ふざけるな、そう言いたかったけれど隣で名前が声をあげた。
「そこから、ですか!?絶対に無理ですよ!」
「大王、いい加減に…」
「ダメだったら真面目に練習するって!」
ね、ね!と無理矢理に会話を終わらせて、大王はボールを両手で持った。
やめてくれ、と言いたかった。
ボールを構えて、一瞬大王の目が真剣な色をする。

一度も練習に出たこともない大王は、まるでプロのようなフォームでボールを手から離した。
高く浮いた体は、音も立てずに着地して、ボールはあの細い腕では考えられないくらい高く上がって綺麗に弧を描く。

ボールは吸い込まれるように、リングの間をすり抜けた。
にやり、笑った大王を俺は見逃さない。


「…うそ…」
「これで名前ちゃんは俺の彼女!名前ちゃん、大好き!」

やったやった、と子供のように跳び跳ねる大王。
隣の名前を見ると、彼女も俺の表情を伺うようにこちらをみて苦笑い。
でも、少しだけ頬を染めて、にこりとして、大王に視線を送るんだ。


「…もう、しょうがないなぁ」



もし俺の爪がもっと長かったなら、あいつを、刺し殺してやりたいと思った。


のびろこのつめ




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