今日も天国に一人、また一人、地獄に一人。
最後にやってきた美しい女の子は天国だった。死んだ魂にしては珍しく、ニコニコしていた。
俺はなんだか上機嫌だ。
最近仕事後の楽しみになっている鬼男君のいれた珈琲は、俺の口にほどよい苦さと甘さを届ける。
「…彼女、名前さんじゃないですか?」
「え?」
遠慮がちにそう呟いた鬼男君。俺は思わず持っていたカップを口から離して、ぴんとした背筋で立つ彼を見つめた。
「えーっと…?」
死者の情報が乗ったノート、通称閻魔帳をぺろりと捲る。最後に天国に行った彼女、確かに名前は苗字名前。
わぁお、そう唇だけで表して、また珈琲を口にした。
「ん、当たり当たり。名前ちゃんだよ。鬼男君、知り合い?」
いつの間にか持ってきたケーキを俺の机に置く鬼男君。顔が怖い、またなにか怒っているみたいで眉間に深く皺をよせた。
「…覚えてないんですか?」
「全然、誰だっけ?」
「あんたの、愛した人ですよ」
「……へぇ」
声をただ出してみる。
閻魔帳に貼られた写真には、無邪気に笑う彼女が写っている。まだ成熟したとは言えない年齢だが、とても美人だと思うし、成長すれば更に魅力的になるだろう。
確かに彼女は俺の好みにどんぴしゃりだ。
「えーっと、あ、七千年前の背の高い子?」
「違います」
「じゃあ二千年前の女子高生?」
「違う」
「四百年前の秘書だ!」
「あんたな…」
呆れたとばかりに鬼男君はため息をついた。仕方ないじゃないか、だって覚えて無いんだから。
「いつの子?」
「ほんの十数年ですよ。」
「ふうん、俺、名前ちゃんが好きだったんだ。」
「全然、覚えてないや」
永久の記憶
(忘れたことすらわからない俺は幸せなんだろう)