「貴方はだれ?」
「えんまだよ」
「…いつまでうちにいるの?」
「あと一週間くらいかな」
ニッコリ笑うえんまに私は苦笑い。
疲れているなぁ、こんな幻覚が見えてしまうなんて。確かに仕事は忙しいけど、身体中いたいけど、充実してて、現実逃避する必要なんて私には無いのに。
それでもある日やってきた男、えんまが私の家に居座るようになって、本当に一週間が経った。
食べ物や飲み物を差し出したこともあったけど、えんまはそんなものは必要ない存在らしい。物的証拠があれば私もえんまの存在を認めるのに、えんまは壁も通り抜けるし、リモコンを使わないでテレビをつけたり、私にテレパシーで話しかけたり、幻覚を見ているという私の予想を裏切らない。
「名前、名前、そろそろ俺、行くよ?」
「行くって?」
「え、えーと、冥界??」
そういうことか、と私は冷静に納得した。思わずぽん、と手を叩いて、触れないえんまを指差す。
「あんた…閻魔大王?」
えんまは答えない。しかし見たこともないくらい嬉しそうに笑って頷いた。彼が犬だったならおもいっきり尻尾を振っているのが見えただろう。
えんまが閻魔大王様だとなんとなくわかったのは、えんまが来てようやく帰る直前だった。
「へぇ…閻魔大王ねぇ…なんか死んだ人間分けたりとかするんだよね?」
「ふふ」
「天国か地獄か、みたいな」
「まぁね」
「確か、世界で初めて死んだんだっけ?…あれ、もしかしてえんまってアダム?」
「なんか名前、思想ぐちゃぐちゃ!」
「うるさいな!焦ってるの、だって、あんた、帰るんでしょ?!」
私だってバカじゃない。一週間一緒にいたえんまが、あの閻魔大王で、今から冥界に帰るという。
この一週間、何も考えずに過ごしていた訳じゃない。なぜ彼が見えるのか、ここにいるのか。
その理由、原因、いろいろ考えた。
彼は閻魔大王様だった。
なら私が出せる結論はたった一つ。
きっと、いや、絶対に。
「わたしも、つれていくんでしょ」
「うん」
「あはは、ひどい、笑って言う?」
「だって俺うれしいもん」
「…閻魔大王様直々なんて、すごい」
「泣かないで、名前」
えんまの手が私に伸びてきて、初めて、触れた。
あ、やばい。
温かい。
私、連れていかれる。
「俺がアダムなら、名前はイヴってとこかな」
「やだ」
「ひっど!!」
「…ねぇ、私は天国?」
「名前は天国でも地獄でもない、俺のとなり」
「ふふ、なぁにそれ」
「あ、ほら、時間だから、目を閉じて」
「うん」
さよなら世界
(全ては突然で、理解する暇をあたえない)