あれからどのくらいの夜を彼と過ごしたんだろう。
私はあの日鬼男と約束と言う名の契約をして、名を、名前に変えた。
名前、名前と私を貪る閻魔は実に滑稽だった。しかし、閻魔大王ともあろうものが欲に溺れるなんてと考えれば笑うことも出来たが、閻魔大王ともあろうものが愛する人の区別もつかないのかと思えばただ悲しかった。
惚れたのは、愛したのは、救われたのは私だったと理解するまでに時間はかからなかった。
しかし、そんな時間も終わりを迎える。
「…名前、」
「…彼女がそうなの?」
「ああ、本当の名前さんだ。」
「ふぅん……鬼男も酷いわね、全然似てないじゃない。私の方が美人だわ。」
閉じ込められた部屋から見る景色は、いつもと変わらず、だけれどベッドの上でしか見たことのない閻魔が、遠くで知らない女と歩いている。閻魔はあんな顔で笑うのか、と見たことのない表情をしている彼をただ目に焼き付けた。
帰って来たのだろうな、とは思っていた。
閻魔はもう一週間、ここに来ていない。
「終わり、か」
「…」
「…閻魔は、ちゃんと仕事してるの?」
「…いや、今は全然だ」
「えー?駄目じゃない、鬼男、ちゃんとやらせてよ。閻魔の仕事のために、私頑張って来たのよ。」
そうだ。彼が仕事をするから、という理由で私は名前になったのだ。だから彼にはちゃんと仕事をしてもらわなきゃ困る。
でも、きっとそんなこと出来ないだろうと言うことも、私はわかっていた。
「…名前、」
「なによ、」
「大王は君と名前さんが別人だと、わかっていた」
「…」
「おかえりと、名前さんを迎えていた」
「…知ってたわ。閻魔、私に謝ってきたもの。」
最後に閻魔と過ごした夜、彼は泣いて私に言ったのだ。
ごめん、と。
きっと最初から知っていたんだろうなぁ、と一人考えていた。
「もう、私は用済みね。さ、邪魔者は消えましょ」
「……いいのか」
「…馬鹿ね、わかっていたことじゃない。」
泣きそうな顔をする鬼男は本当に馬鹿だなぁと思う。所詮私と閻魔の間にあったのは愛なんかじゃなくて、男と女と、色んな欲望だけ。
彼のもう来なくなった部屋で、私は鬼男を抱き締める。
「…今度は、鬼男が私を愛してくれる?」
「…あの人を愛した女なんて、お断りだ。」
「あら、残念」
彼が惚れたのも、愛したのも、彼女だっただろう。
でも、救ったのだけは私だと自惚れてもいいだろうか。
「ねぇ鬼男」
「私、幸せだった」
なりたかったのは、
女神
(私は貴方を救えた、それだけで)