真面目すぎるほど

「あ・・・・・・」


運転中にも関わらず、私の口からは間抜けな声が漏れる。反対車線に見覚えのある車が走っているなと目で追っていたら、その車を運転しているのは良く知っている人で、今とても会いたい人だったから。


「ナツメ?どうしたの?」


助手席には、とても綺麗な外国の女性がいた。車体がすれ違ったのは一瞬だったけど、見逃したりはしない。きっと、零くんが潜入している組織の人だと自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。


「ううん、何でもない。それより美和子、次の現場までの道順もう一回お願い」

「いいけど・・・最近ボーッとしてること多いし、調子悪いなら無理せず帰りなさいよ?」


確かに最近風邪気味で体調は万全とは言えないけど、家に帰ったってどうせ零くんはいないんだから。余計虚しくなるだけ。一人ぼっちで家にいるより仕事に集中している方が何倍も楽だ。心配する美和子に大丈夫だと言い切って、私は現場に向けて更に車を加速させる。零くんなんて私より何倍も忙しいんだから、会えない寂しさに泣き言は漏らさない。






僕には沢山の仕事がある。組織の潜入捜査、ポアロでのバイト、名探偵の弟子、公安警察に組織の現状報告。朝から夜まで目まぐるしく働いてやっと家に帰るのは12時を過ぎた頃。今日はこれでも早い方で、久しぶりに彼女の家にでも寄ろうかと車を走らせた。
毛利探偵事務所から徒歩で10分ほどのマンション。そこに住んでいるナツメに会うために、エレベーターに乗って『5』を押すと、ゆっくりと巨大な箱は上昇する。最近はろくに会えていない。怒っているだろうか、それとももう呆れられてしまうだろうか。そう考えてはいるものの、ナツメが怒った所なんて見たことは無かった。


「ナツメ、まだ起きてるかい?」


持っていた合鍵でドアを開け、部屋の中へむかって声をかけた。だが彼女からの返事は無い。仕方なく"お邪魔します"と一声かけてから中へ入った。電気のついたリビングに向かうとソファで小さく丸まって眠るナツメの姿。今日の仕事は大変だったらしい。側に寄り、隣に腰掛けてみてもまだ起きない。


ーー相変わらず子どもみたいな顔をして眠るね、君は。


手の甲でそっと滑らかな頬を撫でる。自分でも頬が緩むのが分かった。改めて見ると、ナツメは小さい。首も細いし、手首も細い、それに腰も・・・。この小さな体を張って事件を解決するべく街中を走り回っていると思うと本当に心配だ。おまけに我慢強くて人に弱みを見せたがらない。困った女だよ、まったく。


「・・・・・・ぅ、ん・・・?零く・・・・・・」

「ソファで寝たら体を痛めるよ。寝室まで運んであげようか?」

「いい・・・。お仕事は?もう、いいの?」


乱れた髪を手櫛で整え、重いまぶたを擦りながらゆっくり起き上がる。まだ意識がはっきりしないまま、僕の背中に腕を回した。柔らかい感触、甘い匂い。慌ただしい日々の中にある唯一の安らぎの時間。


「眠いなら無理しなくていいから」

「やだ・・・折角久しぶりに会えたのに・・・」


ーー珍しい。素直に甘えてくるなんていつ以来だろうか。もしかして熱でもあるんじゃ・・・。

そう思って抱きついたままのナツメを引き剥がし、前髪を避けておでこに手を当てる。


「本当にあるじゃないか、熱・・・」

「そういえば朝・・・ちょっと体調悪かった・・・」

「だったら無理せず仕事休んだらいいだろ?」

「でも、今日は聞き込みとか色々やる事があったから」


だから休みたくなかった、と?仕事熱心なのはいいけど、僕の知らない所で倒れられたら困るよ。もっと自分の体を大事にしろとか、調子が悪いなら無理せず仕事は休めとか。色々言い聞かせたいことはあるけど病人相手じゃそれも気が引ける。


「とにかくほら、ちゃんと捕まってて」

「・・・ん」


両腕を首に巻き付けさせ、ちゃんと力が入ったのを確認してからナツメを抱えあげた。寝室のドアが開きっぱなしで良かった。楽に寝室までたどり着いた僕は大きめのベッドにナツメを下ろす。


「ちょ、ナツメ?」


首に回された腕が離れない。ぎゅっとしがみついている様は"行かないで"と言っているようで、ナツメに甘い僕は優しく尋ねた。


「一緒に寝る?」

「・・・寝る」


歯を磨いて来るからちょっと待っててと言い残して寝室を出る。まだ持ち帰った仕事が残っているけど、一旦一緒に寝てしまおう。明日は休みだし時間は沢山ある。


「ナツメ?寝ちゃったのかい?」

「まだ起きてるよ」


寝室へ戻りそっとベッドに入ると、寝返りを打ってナツメが視線を合わせた。眠そうな目をしているこの時が1番心の奥を燻るものがあるのだが、今日は彼女の体調も悪いし、僕も疲れているから手は出さない。小さな体を抱き寄せてその温もりを存分に感じた。明日の朝ご飯は何を作ってあげようかと考えながら。


「零くん、ごめんね」

「ん?何がだい?」

「忙しいのに私のせいで迷惑かけてる。本当はまだ仕事も残ってるし、朝ごはんどうしようかとか考えてるでしょ?」


自分は顔に出ない方だと思ってるけど、ナツメにはよく読まれちゃうんだよなぁ。流石僕が惚れた警察官だ、勘が鋭いね。


「そんな事気にしなくていいよ。明日休みだし、仕事はほんの少しだけだからね。だからゆっくり休んで」

「わかった。お休み・・・」


最後に触れるだけのキスをして、ナツメは大人しく目を閉じた。明日も一日中甘やかしてあげようと思ってしまう程、穏やかな寝顔。
僕には沢山の仕事がある。組織への潜入捜査、ポアロでのバイト、名探偵の弟子、公安警察に組織の現状報告。

そして、ナツメの穏やかな笑顔を守ることだ。


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