屋上で私は風を受けている。今日は気持ちいいくらいに晴れていて、普段の自分なら楽しく過ごしているだろうに…。
ふと正門の方を見ると花椿さんや宇賀神さんたちが笑いながら帰宅しているようだった。私も彼女たちのように笑えたらいいのに…。そう思っても心は沈んでいくばかりだ。


―実ることなんてないと思っていた恋だったけれど、それでも失恋の痛みは付きまとう。神様、何故私は彼と出会ってしまったのでしょうか。何故彼には私より大切な子がいたのでしょうか。もし私が、彼ともっと早く出会えていたら、彼は私の方に振り向いてくれたのでしょうか。

「…馬鹿馬鹿しい考えだね…。」

有り得ない考えが浮かんでは消え、思考も心も沈んでいく。勝手に当たって、砕けてしまっただけではないか。琉夏くんには小波さんがいるのに…諦めきれない私が、悪いのだ。

『ゴメン…俺、そういう目でなまえちゃんのこと見れないよ。』

琉夏くんの…ちょっと驚いたような、そして申し訳なさそうな顔が忘れられない。そんな顔をさせたい訳じゃなかった。側にいて、笑顔を見るだけで満足だった筈なのに…いつから私は欲張りになったんだろう。何で今日はこんなにも晴れているのだろう。もし雨が降っていたら、その中で思いっきり泣いて気持ちを切り替えることが出来たかもしれないのに。何か理由が無いと泣くことすら出来ない意地っ張りな私。かわいくないのも当然だ。

「いつまでそうしてるんだお前。」

そんな顔とはなによ。と後ろから声をかけてきた腐れ縁という名の幼馴染、不二山嵐に言い返そうと振り向いた時、急に目の前が真っ暗になる。なにかタオルのようなものが頭の上に乗っているのだと気がつくまで、少し時間がかかった。

「いきなりなにすんのよ、バカ嵐。」

「泣きたいだろうに強がって泣けねぇ馬鹿なお前のこと見に来ただけだ。」

相変わらず遠慮も何もない物言いに少しイライラする。慰めて欲しい訳ではないけれど、私が失恋したと分かっているのならほっといてくれればいいのに。まあ嵐にそんな気遣いが出来るなんて思えないけども。あぁ、今まで我慢していた涙が溢れてきそうだ。

「なによ…嵐に私の何がわかるっていうのよ…」

「俺はなまえじゃないからな、わかるわけないだろ。」

じゃあほっといてよ!と私は叫ぶ。今は一人になりたいのに、ここにいる嵐がそれを許してくれない。普段ならさっさと部活に行ってるような熱血馬鹿なのに、なんで今日に限って私を構うのだろう。さっさと部活にでもバイトにでも行けばいいのに。小さい頃からの付き合いからなのか、昔から嵐は私がちょっとへこんだりしてると気がつくと近くにいたりとかして。普段ならあまり気にならないのだけど、今日は、今日だけはどうしてもだめだ。気にしないように、と思ってもやっぱり琉夏くんのことを思い出してつらくなる。深呼吸を繰り返し、少しでも落ち着けるように呼吸を整える。はやくいつも通りの私に戻って、戻ったふりをして、嵐に帰ってもらおう。

「大丈夫だから…私は一人でも大丈夫だからさ、もういいよ。部活でもバイトでも行きなよ嵐。」

「嫌だ。」

「行けって言ってるでしょ!一人にしてよ!」

カッとなって私は頭に乗っていたタオルを掴んで嵐に投げつける。そんなタオルを何事もなかったかのように嵐はキャッチした。くそ、こいつの運動神経だとこれくらいは余裕だって言わんばかりだってか。悔しいのと、悲しいのと、色々な気持ちが混ざり合って、視界がにじんでくる。だめだ、ここで泣いたら嵐がますます帰らなくなる。嵐には弱みとか、そういうの見せたくないのに。

「嫌だ、好きな奴が弱ってんのにほうっておけるか。」

嵐が言った言葉が理解できなくて、私の頭がフリーズした。好き?嵐が?誰を?…私を?固まった私をよそに嵐は私のほうに近づいてくる。ようやく私の脳みそが活動を再開した頃には私と嵐の距離はほとんど無くて、気がついたときには私は嵐に抱きしめられていた。あまりの驚きに、さっきまで出かかっていた涙が引っ込んだみたいだ。

「あ…嵐…、さん?」

「なまえがつらそうな顔してるの見たくねぇし、琉夏のことばっか考えてるなまえ見てんのも嫌だ。」

「な、何言ってんの…?そんな冗談、」

「冗談じゃねーよ、馬鹿。」

さっきより強い力で抱きしめられる。少し痛いくらいだ。だって、そんな。小さい頃から一緒に居た嵐に私は恋愛感情なんて持ったことはない。体も弱くてしょっちゅう泣いてた嵐が、こんな風に言ってくるなんてまだ信じられない。何を言えばいいか、どうしたらいいかなんて今の私には考え付かなくて。どうしたらいいかがもう分からなくて、そのまま嵐に抱きしめられたまま時間が過ぎる。

「…お前が意地っ張りで素直じゃねーってのは知ってる。けど自分の気持ち押し殺すな。いつか絶対潰れちまうぞ。」

そんなんだから心配で目が離せねえんだよ、お前。
ポンポンと、そんな擬音が聞こえるような感じで嵐が私の頭をなでる。さっきまで驚きで引っ込んでいた涙がまたじわじわとこみ上げてきた。

「なによ…嵐のくせに、ピーピー泣いてた嵐のくせに…っ」

「昔の話だろ、それ。」

嵐の制服がしわになるかもしれない、なんて頭の片隅で思いながら、ギュッと制服を掴んで彼の体に体を預けるような形で、私は我慢しきれず涙をこぼした。琉夏くんに失恋したつらさとか、嵐に色々迷惑をかけてることとか、好きだって言ってくれてるのに何も返事をしてあげられないこととか。自分が情けなくて、もう涙を我慢することができなかった。声をあげて泣く、というのはなけなしのプライドが邪魔をしたから必死に声を押し殺して、だけれど。
そんな私の気が済むまで嵐はずっと胸を貸してくれていて、本当いつの間にこんないい男に成長していたんだろう。なんだか、悔しい。私は昔からあまり変わっていないというのに。

「…嵐は、ずるい。」

ぼそっとそう呟くと、別にずるくねぇよ、って返ってきた。そんなことない。ずるい、ずるいよ。ちょっと精神的につらいときに、こんな風にされたら、嵐のこと好きになっちゃうかもしれないじゃん。

「馬鹿、馬鹿、嵐の馬鹿ぁ…」

ひねくれて、感情をうまく表に出せなくなった私だけど、涙が止まったら少しだけ素直になろう。嵐にいつも迷惑ごめんって、そしてこんな私をいつも見ててくれてありがとうって、恥ずかしいからちゃんと言えるか分からないけど、伝えよう。
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