「こら鳳!いい加減サーブミスんなこのノーコン!」
「ご、ごめんみょうじ!」
「そこの2年!フォーム崩れてる!正レギュラーなったからって気抜かない!!」
「は、はいっ!」

委員会が長引いて少しばかり部活に遅れてきたところ、テニスコートから怒号が響き渡ってきた。その甲高い声はテニスコートから少し離れた場所でも十分に聞こえてくる。どうやらうちの鬼マネージャーが今日も部員たちをしごいているようだ。その様子がすぐ目に浮かぶくらいには見慣れたいつもの光景が今テニスコートで繰り広げられているのだろう。
跡部部長たちが氷帝学園中等部を卒業して、俺たちの学年が最高学年となった今年。俺は部長として部員たちを引っ張っていく立場となった。まだまだ跡部部長のようにはいかないがいずれはあの人を超えるために日々精進を重ねる日々だ。
俺がテニスコートへと入るとすぐ近くで玉拾いをしていた部員が俺に気づき「日吉部長!」と声をかけてきた。それを片手で制し玉拾いを続けさせる。別に今練習を止めるつもりはねぇからな。今コートで練習をしている正レギュラーたちの様子を見ながらマネージャーの方へと近づく。

「ひーよーしーおーそーいー!」
「委員会だ、しょうがないだろ。」

で、今日はどんな感じだ?とみょうじに尋ねる。みょうじは「まぁまぁだけどこっわーい部長さんがいなかったからちょーっと気抜けてる部員がちらほらって感じかな?」と今日の練習メニューを俺に渡しながら答えた。部長よりマネージャーの方が怖いだろ、と鼻で笑ってやったら死ね!と足を蹴られる。まあ避けてやったけどな。

「そこは大人しく蹴られておくとこでしょ。」
「あいにくだが大会前に怪我したくないんでな。」
「その冷静さが更にむかつく…!」

むきー!とまるで猿みたいな声を上げそうなみょうじを横目に練習メニューに目を通す。そろそろ地区大会が始まる時期だからか試合形式のメニューが多い。シングルス1の俺はしばらくは出番はないだろうが、試合慣れしておくことに越したことはない。準レギュラーたちや今の正レギュラーたちをしごいて強くするのも重要だからな。去年の正レギュラーのメンバーと比べたら見劣りする部分もまだまだあるが、これからまだまだ伸びる奴らだ。都大会までにはもっと力をつけるだろう。そうじゃなければ困る。

「今年こそ、全国制覇。が目標だしね。」

いきなりみょうじがそう言う。まるで俺の思考を読んだかのようなタイミングの発言で少し驚いた。日吉の顔にそう書いてあるよ、とみょうじは笑った。…表情は変えていないはずなのに。

「付き合い何年目だと思ってんのうちら。」
「高々3年だろ。」
「うわバッサリ切られた。」

お互い幼稚舎から氷帝にいるものの幼稚舎時代はまるで接点がなかった。最初の出会いは中1の頃。そういえば同じクラスだったな。それから部活が一緒となって気が付いたら一緒にいる時間が増えた。テニスコートの周りでうるさく騒ぐだけの女子とは違い、口も悪いしかなりがさつでまるで女子とは思えないような奴だがその分気なんて遣わなくてもいいし。その割にマネージャー業は細かいところまでしっかりとしていて大分助かっている部分もある。部長になってからはそう思うことも増えた。絶対本人に言ってやらないけどな。言ったら調子に乗るのが目に見えてわかる。
腐れ縁、という言葉が一番しっくりくる関係だろう。俺とみょうじは。そういえば以前鳳に「日吉とみょうじってなんか夫婦漫才やってるみたいだよね。」と言われたことがある。そんな関係まっぴらごめんだ。二人で鳳をボコボコにしたのは記憶に新しい。
ふぅ、とため息をついてコートを見渡す。去年とは違うメンバー。去年とは違う立ち位置。不安がないと言ったら嘘になるが、部長という立場でそれを見せるわけにはいかない。跡部部長はこんな重圧に3年間も耐えていたのかと思わず考えさせられた。まああの人はそこまで考えていない可能性もあるけどな。なんてったって人の上に立つのが当たり前の跡部さんだ。こんなところでもあの人を追いかけているようで嫌になる。いつまでも俺の前に立ちはだかるあの人を越えられるだろうか。いや越えてみせる。そのためには。

「全国制覇くらい出来なきゃ困る。」
「強気な発言、やるねー。」

独り言のようにつぶやいた言葉にみょうじが反応する。それ滝先輩の真似か、全然似てねぇ。軽く頭を叩いてやると暴力はんたーい、とみょうじがわめく。無視だ無視。いい加減俺も練習しないとな。あのコートの2年、ボレーに荒が目立つからその辺の修正でもしてやろうか。そんなことを考えていると少し真面目な顔をしたみょうじが話しかけてくる。

「ま、いろいろ考えちゃうのは分かるけどさ。日吉はずっと前見て突き進みなよ。それが一番部員たちのためにもなるでしょ。」

日吉が立ち止まっても私が後ろから背中押してあげるよ。そう言うみょうじの顔はいつものふざけた表情とは全然違う。凛とした、という表現が似合う気がした。

「頼りない部長さんを叱責するのもマネージャーのお仕事ですからね。」

またいつもの顔に戻ってそんなことを言うみょうじに、さっきのは夢か幻だったんじゃないかと思う。いやきっとそうだ。俺が一瞬みょうじに見惚れたなんてそんなことあるわけがない。はっ、と平を鼻で笑い軽口を叩く。

「お前に叱責されるなんて絶対ありえないだろ。逆ならまだしも。」
「それこそありえないし!」

ぎゃーぎゃーとわめくみょうじを放置することを決めた俺はコートの方へと歩き出す。途中で少しだけ立ち止まり、みょうじへ声をかけた。

「やるぞ、全国制覇。」

それを聞いたみょうじは「あったりまえでしょ!」と笑顔を浮かべる。

「勝つのは氷帝!だもんね。」

そう、勝つのは氷帝。他の学校も全部蹴散らして、今年こそ俺たちが頂点へ立つ。俺たちなら絶対出来る。全国制覇した暁には跡部さんたちに「あんたらが出来なかった全国制覇、やってやりましたよ。」と言ってやろうじゃないか。そのためにはまず地区大会、都大会、関東大会と全部勝ち続ける。俺たちと、まあ癪だがみょうじのサポートがあれば出来ない事じゃないはずだ。

「集合!」

コート上にいる部員たちを集める。さぁ今日もみっちりしごいてやろう。心強い鬼マネージャーもいることだしな。
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