少しずつ荷物をダンボールへと詰める。長年過ごした我が家を出ることは少しばかり寂しさが残るけれど、どうしてもやりたいことがある。そのための第一歩。
おかーさーん、ぼくおもちゃちゃんとかたずけられたよー!とレンがパタパタと走ってくる。まだ家の中の整理が出来ていないから床にあるものに転ばないかと少しハラハラするけれど、レンは器用によけながら私のところへとやってきた。

「よくできたね。じゃあ今度はこの箱にお洋服入れてくれる?」

「はーい!」

少し小さめのダンボールをレンに渡して、自分はまた食器を片づける作業に戻る。引っ越しというものがここまで大変なものだったとは思っていなかった。レンがいるとはいいえほぼ一人で準備をしなければならないというのは骨が折れる。ふぅ、と一息ついたところで私のCCMが鳴り出した。電話の着信のようだ。ディスプレイには「宇崎拓也」と表示されている。私は作業の手を止めて電話に出る。

「どうしたの拓也、急に電話なんてしてきて」

『すまない。さっき、結城から話を聞いたんだが…仕事辞めるのか?』

「うん…ちょっと、ね。やりたいこと、あるからさ」

電話越しに聞こえる拓也の声が少し寂しそうに聞こえる。やりたいこと?と拓也が私に疑問を投げかけた。拓也に私の顔が見えるわけではないけれど、つい何かをごまかすような苦笑いを浮かべてしまう。

「喫茶店をね、開きたいの」

以前彼が開いていたような、小さな喫茶店をやってみたいの。少しばかり溜めた貯金もあるし…やるなら今がいい。レンも少しずつ物わかりがよくなってきているし、少しばかり私のわがままを通しても大丈夫だろうと思って。
彼の面影を追っているように思われるだろうか。…実際そうかもしれないけれど、それでも私はやりたかった。

「結城さんと話をしてね、喫茶店やりながら少しずつでも開発はやってほしいって言われたから…会社辞めても仕事をやめるわけではないって感じだけど」

『…そうか』

「それに、今まで結構レンのこと構ってあげられなかったから…少しくらいは、ね」

なまえがそう決めたなら、俺がとやかく言う事は出来ないな。そう電話越しに聞こえた。いつも、いつも、拓也は私の背中を押してくれる気がする。私がやりたいことをいつも見守ってくれている。本当に感謝してもしきれない。

『やるからには、頑張れよ。応援している』

「ありがとう、お店開いたら真っ先に連絡するね」

『楽しみにしているよ』

それから少しだけお互いの近況とかを話して、電話を切った。相変わらず拓也は忙しいようだけれど、体調とかは大丈夫なのだろうか。霧野さんがその辺はしっかりサポートしているだろうから、あまり心配するほどでもないかもしれないが。
レンがまた私の方へとやってきた。さっき渡したダンボールにはレンの服が色々と詰められている。ちゃんと出来たよ!と胸を張るレンの頭を撫でて、そのダンボールを受け取った。乱雑に詰められている服は、後でちゃんとたたみなおしておこう。

「おかーさん、おはなししてたの?」

「えぇ、拓也とちょっとね」

「たくやおじさん!?いいなーぼくもおはなししたかったー」

なんでおしえてくれなかったのーと唇を尖らせるレン。ごめんね、拓也もレンと話したかったんだよ。とレンをなだめるように、言い聞かせるように話しかける。

「引っ越しが終わったら、遊びに来てくれるって」

「ほんと?じゃあぼくがんばる!!」

「頑張ろうね、レン」

「うん!」

止まっていた作業を再開して、準備を進める。新しく始める生活に期待をしながら、一抹の不安も覚えてしまう。本当に、大丈夫だろうか。その考えを頭から振り払うようにぶんぶんと頭を振る。大丈夫、きっと。彼のようにはいかないかもしれないけれど、自分なりに、自分なりのお店を開こうって決めたのだから。




ねぇ、蓮。あなたみたいに素敵な喫茶店を開けるように頑張るから。ずっと、ずっと、見ててね、私とレンを。
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