心になにか穴が開いたような、そんな感覚が途切れない。常にどこかふわふわとした感覚で、地に足がついていないのではないかと錯覚をしてしまうほどだ。
彼が死んだ、と聞かされてからもう一ヶ月が経とうとしていた。彼がいない生活にも少しずつだけれど慣れてきてはいるものの、ふとした時に彼を探して目線を泳がせてしまう。CCMを開いては、来るはずのない彼からの連絡を待っている自分が嫌だった。

「なまえ」

名前を呼ばれ、振り向く。拓也が心配そうな顔で私を見ていた。私は曖昧な笑みを浮かべる。まだ、大丈夫と胸を張って言えないから、ごまかすように私は笑うのだ。
そんな心境も拓也にはお見通しだろうけれど、こればかりは自分の気持ちの持ちようだから、仕方がない。現実を受け入れたい気持ちと、認めたくない気持ちがいまだにせめぎ合っている。それだけ彼は私の心を占めていたのだ。忘れたくても…忘れられない。

「ごめんね拓也」

「別に構わないさ」

自分のペースで、行けばいい。と拓也は笑う。拓也は、本当に強い。私なんかよりもっとつらい思いをしているはずなのに、それを表に出さずに仕事をして、生活をしている。私もいつか、拓也のように出来るだろうか。彼の事を受け止めて、事実を認めて、これからを生きていくことが。

「アイツも、なまえにだけは忘れられたくないだろうな」

「そう…かな…」

「そうに決まってる」

そう断言する拓也の言葉に、少し心が暖かくなる。彼をよく知っている拓也からそう言ってもらえるのは、ちょっとした自信にもつながる。
ありがとう、と返すと拓也も笑った。ここ最近、拓也からはいろんなものをもらってばかりだ。申し訳なく思う反面、その優しさに甘えたくなる。いつかはちゃんと、拓也に何か返せたらいいな、なんてぼんやりと考える。
そろそろ、仕事に戻らなければ、と拓也が席を立った。あぁ、そうだ。私もそろそろ仕事に戻らないと。結城さんに迷惑をかけてしまう。開発部はいつも人手が足りないのに、一人だけサボるわけにもいかないし。

立ちあがった瞬間、ふっとめまいに襲われた。立ちくらみだろうかとも思ったけれど、急に胸も苦しくなってくる。ひゅうひゅう、と呼吸がうまくできずに喉が鳴った。胸を押さえてなんとか呼吸を落ちつけようとするけれど、効果がみられる感じはしない。もうすでに立っていることすらままならない状況だ。
なまえ!と拓也が私を呼ぶ声が遠くに聞こえた。その声を最後に私の意識が途切れる。




薄れゆく意識の中で見たのは、優しげに微笑む蓮の姿だった。
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