ふと、目が覚めた。
ぼんやりとした意識の中、隣にあったはずの熱がないことに気がついた。ゆっくりと体を起して辺りを見渡す。するりと体に申し訳程度にかかっていたタオルケットが落ちていく。彼との情事の後、どうやら私は眠ってしまったようだ。一糸まとわぬ姿がタオルケットの下にある。

「起きたのか」

低い、声が聞こえた。声の方へ顔を向けると、そこには愛する人の姿。ごめんなさい、と謝ると彼は構わないさと微笑んだ。私にしか見せないその笑顔が、好きだ。彼と過ごすこの時間が、大切で。私は今、とても幸せな時間を過ごしているのだと感じる。

「どこか行くの?」

私と違い、服をきちんと着ている彼の姿。普段なら私が起きるまで隣に居てくれるのに、今日はどうしたのだろうか。不思議に思いながら彼を見ているとまあそんなところだ、と返された。
いつもと変わらない声。けれど、何か違うような気もする声。朝方の時間だからだろうか、と私は納得する。少しばかり思考の海へ旅立っていたからか、彼が私の近くまで近づいてきていたことに気がつかなかった。

「なまえ」

名前を呼ばれて顔を上げるとすぐ近くに彼の顔があった。少しばかり驚いたけれど、彼を近くで感じる事が出来る嬉しさがそれを上回った。目を閉じると唇にあたたかな感触が触れる。何度も何度も、慈しむようなキスと、荒々しいキスを繰り返す。息苦しくなるけれど、このまま窒息して死んでしまってもいい。そう思えるくらいには幸せな時間だ。
彼の顔がすっと離れていく。名残惜しそうに銀の糸が私の口と彼の口を繋いだ。

「そんな物欲しそうな顔をするな。止められん」

「先に仕掛けたのはあなたでしょう?」

ふふっと笑うと、彼は少しばかり困ったような表情を浮かべる。そんなこと思ってもいないくせに、表情を作ることだけはうまいんだから。きっと私がもう少し一緒に居て、なんて言っても彼は出かけていってしまうだろう。自由気ままな猫みたいな人だから。
ほら、行かなくていいの?と軽く発破をかけるように彼に声をかける。そうだな、と言いながら彼は腰を上げる。ドアノブに手をかけた彼はその場で止まる。

「じゃあ、な」

「えぇ、いってらっしゃい」

彼の別れの言葉に私も笑顔で返事をする。彼は片手をあげて部屋から出て行った。バタン、と締まるドアをぼうっと眺めながら彼がどこへ出かけるのか聞くのを忘れたことに気がついた。まあきっとすぐに帰ってくるだろうと思って、ゆるゆると私に襲ってくる睡魔にあらがうことなく、私は再び眠りへとつく。




彼―檜山蓮が帰ってくることは、無かった。
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