なまえはなんとか一命を取り留めたが、入院を余儀なくされることになった。病状はあまり芳しくないようで、日に日にやつれていくなまえを見るのが忍びない。けれどなまえ自身は気にしていないのか、見舞いに行くといつも微笑んでいる。今日も時間を作ってはなまえの元へと向かった。

「ねぇ拓也。あなたは聞いてるんでしょう?」

「何をだ?」

「私の体のこと」

その言葉に思わず固まった。この病院に運ばれてきた際に医者から聞いてはいたが、それを認めたくなくて今までずっと黙っていた。なまえの体を蝕んでいる病気は現在の医療では治すことはほぼ不可能だと。それを聞いた時、息が止まるかと思った。アイツに続いてなまえまでもいなくなってしまうのかと、恐怖した。

「私ね、その話を聞いた時、悲しいとかより真っ先に嬉しいって感じたの」

窓の外を見ながらなまえは笑った。窓から見える景色は綺麗な青空。その光景だけを見るならば外の景色に感動して笑っているようにも思える。

「これで彼に会いに行けるんだって、一番最初にそう思った。レンより先に、彼のことを考えた。母親失格ね、私」

「…だから、か?治療も全て断っているというのも」

「えぇ、治す気無いもの」

そう言う彼女の顔はとても晴れ晴れとした、意志を持っている表情だった。こうなったなまえは意地でも自分を曲げないだろう。レンを産むと、決めた時と同じ表情だ。あの時はそれが一番だと思って俺も背中を押したけれど、今回ばかりはなまえに賛成出来そうもない。レンのためにも…俺のためにも、少しでも長く生きてほしい。そう思うのに、俺は何も言うことが出来ない。彼女になんと言えば思いとどまってもらえるのかが分からなかった。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、なまえは微笑む。アイツの前に居た時のような笑い方で、俺が一番好きな顔で、微笑んだ。

「私が死んだら、レンの事お願いしていいかしら?」

「俺に、か?」

「あなた以上にレンを任せられる人なんていないもの。…私の最期の我儘、聞いてくれる?」

最期だなんて言うな。まだレンに君は必要だ。
そう言ってもきっと彼女には届かない、なんだかんだで長年の付き合いなんだ。そのことが手に取るように分かった。あぁ、なんて自分は無力なんだろう。10年前に枯れたと思っていた涙がつぅ、と頬を伝う。

「…わかった。俺が、責任を持ってレンを育てよう」

「迷惑かけてばっかりで、ごめんね。…本当にありがとう拓也」

ようやくあなたの元に行けるわ、蓮…。
そう呟くなまえを、俺はもう見てられなかった。自分の手で顔を覆い、声を押し殺す。

(…何年経っても、お前を超える事は出来なかったな檜山…)

俺の記憶の中の檜山が、笑った。お前にだけは負けるわけにはいかないからな、とアイツの声が聞こえた気がした。





それから数日経った頃。なまえは眠るように、静かに息を引き取った。
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