カラン、とドアが開く音が聞こえた。レンが帰ってくるには少し早い時間帯だから誰かお客さんが来たのだろうか。顔を上げるとそこにはレンがいた。少し俯き加減でギュッと鞄を握りしめている。

「おかえりレン。どうしたの?なにかあった?」

何が有ってもちゃんとただいまだけは言う子だったのに本当にどうしたのだろう。学校で何かあったのだろうか。いじめとかそういう類ではないとは思うけれど…。レンに近づいて顔を覗こうとしゃがみこむ。もう一度、どうしたの?とレンに問いかける。レンはそっと顔を上げて私の目を見た。その瞳はどこか揺れていて、いつものレンらしくない。レンはいつも真っ直ぐ見つめてくる瞳が印象的だから。

「…父さんは、オレの父さんは…人殺しなの?」

振り絞るようにレンが呟いた言葉は私に衝撃を与えた。思わぬ話題に思わず息をのむ。どこからその話を聞いたのだろう。どうして、知ってしまったのだろう。何か言わなければ、言わなきゃいけないのに言葉が出てこない。
何も言わない私を見て、レンの顔が歪んだ。あぁ、レンが彼のことを勘違いしてしまう。そんなことないって訂正したいのに。

「やっぱり本当なんだ…父さんが、レックスが人殺しだって…」

「違う、違うわレン」

「じゃあ…じゃあなんで!今まで父さんの話してくれなかったんだよ!出来なかったんじゃないのかよ!」

「それは…」

確かにレンの言うことも一理ある。彼の事をレンに話したかった。けれど、何を話せばいいか、分からなかった。まだ幼いレンに彼の事を話すのは早いんじゃないかと自分で勝手に納得して先延ばしにしていた。彼の事を話すにはどうしても、避けて通れないものがあるから。どうして彼が死んでしまったのか。それを説明出来なくて。するのが怖くて。私はずっと逃げていたのだ。
それが今、レンに突きつけられる形で浮上してきてしまった。本当の事を話すか、ごまかすか。どうにかしてレンに話をしなければ。しないといけないのに、レンに何を言えばいいか、分からなくて。何も発する事が出来ない。
そんな私を見て、レンはさらにイライラを募らせているようで。今にも感情を爆発させそうな、そんな雰囲気だ。

「オレ、人殺しの息子より拓也さんの息子がよかった!」

パァン、と大きな音が店内に響いた。その音にハッとする。今、私は何をした…?目の前には頬を押さえて私を睨みつけるレンがいる。手を上げてしまった。そう思っても既に後の祭りというもので。レンの一言に我を忘れてしまった。彼を否定されたことが、彼の息子に彼を否定されたことが悔しくて。
母さんはオレなんかより父さんの方が大事なんだろ!オレなんかより死んだ父さんの方が大事なんだろ!そう叫ぶレンに私は何も言えなかった。レンが目に涙を浮かべている。そして、絞り出すかのように一言呟いて、レンは店を飛び出していってしまった。

「母さんも、父さんも…大っ嫌いだ…」

その姿を呆然と眺める。レンに、なんと言ってあげればよかったのだろう。私はどうしたらよかったのだろう。考えても考えても答えは出てこない。レンは大切な息子なのに。レンを傷つけてしまった。レンより彼の方が、私の中で比重が大きいのだろうか。…そんなの、母親失格ではないか。

「ごめんね…ごめんなさい…」



そう呟いた言葉は一体誰に向けられたものなのか、私にはわからなかった。
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テーマ「人外ファンタジー」
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