カランカランと音を立てて喫茶店「ブルーバード」の扉を開ける。ゆったりとした空気と耳に入ってくるジャズの音が心地よい。やぁ、とここの店主であるなまえに挨拶をすると彼女は少し驚いたような顔をして、それから少し笑った。

「いらっしゃい拓也。思ったより早く来たのね」

「あぁ、少しばかり時間に余裕が出来たからな。それに、ここで待ち合わせをしてる奴がいるんだ」

待ち合わせ?となまえは首をかしげる。そういえばなまえに言ってなかったような気がしてきた。すまない、言うのを忘れていたようだと謝るとなまえは「拓也は変なところで抜けてるわね」と笑われてしまった。…そんなに抜けているだろうか。自分ではしっかりしているつもりなんだがな。
はい、いつものね。となまえがコーヒーを差し出してきた。メニューを言わなくても勝手に出してくれるほどこのコーヒーを飲んでいるのか、と少し感慨深くなる。アイツがブルーキャッツをやっていたころから飲んでいたもので、なまえが淹れるものはアイツが淹れたものとは風味が少し違うけれどやはり懐かしさを覚える。一口、口に入れると昔を思い出すようなこの感覚が、好きだ。
ふう、と一息ついたところで、カランと扉が開く音がした。いらっしゃいませ、となまえが今来た客に声をかける。俺も今来た人の方へと振り返る。そしてソイツは俺の待ち合わせの相手であった。

「やぁ、郷田」

「お久しぶりです拓也さん、なまえさん」

軽く会釈をして郷田は俺の隣へと座る。なまえが久しぶりね郷田くん、と言いながらメニューを差し出す。郷田はじゃあこれでとオーダーをしながらなまえさんは全然変わってないですね、と言った。ブラックコーヒーなんて昔は飲めなかったはずの郷田がそれを頼んでいる光景が何だか不思議だ。時の流れ、というものだろうか。そんなにじっと見られたら飲みにくいですよ、なんて郷田が笑う。笑った顔はあまり昔と変わっていないようで、少しほっとした。こんなに昔を懐かしむなんて、俺も年を取った証拠かもしれないな。

「そういえばお前結婚するんだって?」

冗談混じりでそう郷田に問いかけると郷田は急に咳込んだ。ど、どこから聞いたんです…ってアイツか、と少し涙目になりながら郷田は俺を睨む。そんな目で見られても迫力がないぞ。はぁ、とため息をついて郷田は頭をかいた。少しからかいすぎただろうか。
いや、結婚するのはマジですけど…とぼそぼそと話しはじめる郷田を見て、今まで傍観していたなまえがクスリと笑った。きっと彼女も郷田を若いなぁ、とかそんな気持ちで見ているのかもしれない。そして何か本題あるんじゃないの?お二人さん、とそっと軌道修正をしてくれる。その言葉に郷田がハッとして、足元に置いていた鞄をそっとカウンターの上に置いた。

「まあ、色々あって家の整理とかしてたら…これが、出てきたんです」

拓也さんには電話で軽く説明しましたけど、と郷田が言う。電話でこの話を聞いたときは驚いた。そして、なまえに見せなければならないと、強く思った。なまえが私、席外した方がいい?と聞いてきたが首を横に振り、この場に居てもらうように頼んだ。これは、なまえに見せるために持ってきたようなものだからな。そっと、壊れ物を扱うかのように郷田は鞄を開ける。

「G…レックス…」

かすかな声だけれど、なまえがそうつぶやいた。そう、アイツが使っていたLBX。実物を見るのは10年ぶりだろうか。

「昔、レックスに頼まれて預かってたんです。…レックスがいなくなった後、しばらくこれを見るのもきつくて、ずっとしまったままにしてて。正直これを持ってることすら忘れてたんですけど…これは、俺が持ってて良いものじゃないんじゃないかって」

「それで、俺に相談したのか」

「はい、レックスを一番知ってるのは拓也さんだろうって」

ふぅ、と一息つくために俺はコーヒーに手を伸ばす。檜山を一番知っている、か。そんな自信これっぽっちもないんだがな…。
しかしまさかアイツが死んでから10年も経ってるというのに、アイツのLBXがこうやって出てくるというのは何とも言えない気持ちになる。忘れるな、とアイツが言っているかのようだ。なまえはじっと、Gレックスから目を離さない。嬉しそうな、けれど悲しそうな目で見ている。…どうしたものだろうな。俺は、こいつをなまえに持っていて欲しいと思うけれど。

「あれ?拓也さん!もう着てたの!?」

出入り口のドアがカランと開く音がしたと同時に聞こえてきたのはボーイソプラノ。そしてバタバタと店内を走る音。あぁそうか。もう学校が終わる時間だったか。

「おかえり、レン」

抱きついてきたレンの頭を撫でながらそう言う。久々に会ったが元気そうで何よりだ。なまえは少し怒ったように一度部屋に行ってきなさいレン!と言うけれど聞く耳を持たないようにベーっと舌を出すレン。ふと郷田の方を見ると、彼はすごく驚いたような表情でレンを見ていた。レックス…?と呟く声にいつもの力強さはなかった。そうか、郷田はレンと会うのは初めてだったか。

「紹介遅くなったね、私の息子だよこの子」

「ほら、レン。この人に自己紹介しよう」

「みょうじレン、です。…ねぇ拓也さん、この人誰?」

「あぁ、こいつは郷田ハンゾウと言って、俺と、レンの父さんの友達だよ」

その言葉にはっとしたのか、郷田はよろしくなと言いながらレンに手を差し出す。おずおず、といった感じでレンはその手を握り返した。そういえばレンは人見知りする、のだろうか。それとも郷田が怖く見えるのか。昔のような番長スタイルではなく普通にスーツを着ているのだからそこまで怖くはないんじゃないかと思うが。
そうだ、と急に郷田が何かひらめいたような声を出した。

「Gレックス、こいつに持たせたらどうですかね?」

そう言ってレンの前にGレックスを差し出した。レンは驚いたようだったけれど、目の前にあるのがLBXだと分かって目が輝いたようだ。

「すげー!なにこのLBX!サラマンダーに似てる…けど、なんか違う?」

「よくわかったな!こいつはレックスがカスタマイズした特別製だからな!」

「レックス?って誰?」

「あー…お前の父さんの…あだ名みたいなもんだ」

郷田とレンはまるでマシンガンのごとくGレックスについて話し始める。その姿はまるで昔からの友人かのように楽しそうだ。いきなりの展開すぎて俺もなまえも置いていかれてしまったけれど、そうか…レンにGレックスを。そういう考え方もあったか。
俺はなまえの方を向いて、どうする?と問いかける。

「私は…いいと思う。きっと、今の時期に出てきたのも彼が息子に何かあげたかったからなんじゃないか、なんて思っちゃうくらい」

話が盛り上がってか、バトルをしようという流れになったのかわからないけれど店内にDキューブを投げようとしている郷田とレンを見て、なまえはふふっと笑った。確かに、あんなに楽しそうなレンから今更Gレックスを取り上げるというのも、酷かもしれないな。

「郷田くん、レンはLBX初心者だから手加減してあげてね」

「分かってますって!基本的な操作はさっき教えた通りだ。後は実戦あるのみだぜレン!」

「母さん一言余計!よーし、郷田さん宜しくお願いします!」

バトルスタート!とCCMの音声が流れた。俺となまえは二人のバトルを観戦するためにDキューブの方へと近づいた。レンはまだまだ慣れない感じでぎこちなくGレックスを操作しているけれど、初心者にしてはなめらかな動きをしている。…血は争えないって奴か。きっと、レンもアイツのように驚異的な強さを発揮するようになるのだろう。時間が経てばきっと、すごいLBXプレイヤーになる…そんな気がした。





なぁ、檜山。強くなったレンとお前、どっちの方がLBXバトルが強いのか…そのバトルを俺は見てみたかったよ。
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