私の手にある拳銃が目の前に居る人へ向けられているが、ガタガタと手が震える。銃口が定まらない。そんな私をあざ笑うかのように目の前に居る彼は笑みを浮かべていた。そんな彼の顔を見て、私は悲しさを覚える。普段は仮面をつけて見る事がない素顔が晒されているが、出来る事ならばこのような状況で見たくはなかった。

「そこを通してもらえませんか。」

「いや…です…」

困りましたね、と彼は言うけれど本当に困っているようには見えなかった。私がこのトリガーを引けば、彼を殺すことも出来るというのに。それでも彼から余裕というものは消えない。そんな彼が憎らしくて、けれども愛しくて、複雑な感情が絡まり合う。

「どうして…どうして、裏切るんですか…」

絞り出すように言葉を紡ぐ。今、この組織を抜けだそうとしている彼を止めたかった。私たちを裏切る理由が知りたかった。「簡単な事ですよ」と彼は言う。

「私はボスに一生ついていくと決めました。ボスが行くのであれば私も共に。ただそれだけの事です。」

はっきりと、一片の迷いもないと言わんばかりに彼は言いきった。その答えにズキリと心が痛む。彼のボス…真野さんは、私も知っている。何度も世話になったし、気にかけてもらっていた。私も彼女のことは尊敬していた。そして、彼が真野さんへ忠誠心以上の感情を持ち合わせていることも…分かっていた。
けれど、それでも、私は彼を止めたかった。ずっとこのまま、この組織で、彼の隣に居たい。いつか彼が私を見てくれるんじゃないかという淡い期待を持って。

「私の全てはボスのために。それが私の生きがいであり、幸せです。」

パァン、と銃声が響く。トリガーを引いたのは、私だ。けれども銃弾は彼へと届かなかった。…当たり前だ、私に彼が殺せるはずがない。殺すなんて、出来ない。床へめり込んだ銃弾を踏みにじるかのように彼は歩き始めた。一歩、また一歩と私のほうへと近づいてくる。私は再び銃口を彼へと向けるが、彼は歩みを止めない。手の震えが止まらなかった。手だけではない。全身が震えているようだ。彼への恐怖か、はたまた別の感情か。

「たとえあなたが私を想ってくれたとしても…私は変わりませんよ。」

手に鈍痛が走った。急な衝撃に私は拳銃を手放してしまう。彼の手刀が私の手に決まったのだ。その隙を彼は見逃すはずもなく、私が落とした拳銃を遠くへと蹴飛ばした。これで私は彼への対抗手段を失ってしまった。呆然と立ち尽くす私に、彼は優しげな声で言葉をかける。

「今度あなたと出会うときは、敵でないことを祈るばかりです。」

そう言って彼は、私など最初からいなかったかのような足取りで先へと進んで行った。迷いのない足取りは、彼の強さの表れだろう。

「細井さんっ!」

遠くなっていく背中に向けて私は叫ぶ。彼は一度も私の方を振り向くことなく、そのまま私の視界から消えていった。
気力だけで立っていたのか、彼の姿が見えなくなったら私は立つことすらままならなくなってその場に崩れ落ちた。私が彼の心へと入りこむ余地など、これっぽっちもなかったのだ。その事実が、重くのしかかる。
彼の全ては、真野さんのために存在している。分かっていた、分かっていたことだった。ずっと彼を見てきたのだから。それでも、少しでも、彼の心に残りたかった。彼に振り向いて欲しかった。…結局、叶うことのなかった夢だったのだろうか。

つぅ、と一筋。頬に涙がこぼれた。
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テーマ「人外ファンタジー」
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