郷田くんと昼寝をした(というかただ一緒の場所で寝ていただけなのだけれど)をしてから数週間。あれからまた何度か昼寝スポットで郷田くんに遭遇することがあった。私のほうが先についてることもあるし、彼が先に居る事もあった。どういうわけか同じ時間に起きる、ということは一度も経験してなくて、彼と会話をしたことはない。一度もだ。こんな偶然もあるものなんだなぁと思わないわけでもないが…まあ昼寝が目的なのだから別にいいのだけれど。
以前は郷田くんの事を番長、という肩書だけで怖いと勝手に思っていたけれど、今ではなんだか親近感がわいている。話はしたことがなくても同じ空間で同じことをしているということが彼への恐怖をぬぐってくれたのかもしれない。それがたかが昼寝だとしても、だ。

そんなことをぼんやりと思いながら帰宅する準備をする。今日の授業も無事終わって楽しい放課後の始まりだ。友達に声をかけてどこか寄って帰るのもいいかもしれない。
急に教室内が騒がしくなった。周りのクラスメイトたちが驚いたような視線で教室の入り口を見ている。何事だろうと私もそっちへ視線を向けると、そこに居たのはこの教室に滅多に居ない、さっきまで私が考え事をしていた郷田くんだった。なぜ、今日に限って彼は教室へ来たのだろうか。忘れ物などあるようには思えないけれど…。
誰かを探しているのか、郷田くんは教室内で何かを探すように視線を泳がせていた。そして私と目が有った。

「よぉ、みょうじなまえ…でいいんだよな?」

まさか私に用事があるとは思わず、名前を呼ばれた瞬間心臓が飛び出るかと思った。そもそもなぜ彼は私の名前を知っているのだろう(郷田くんはクラスメイトの名前をちゃんと覚えているようには思えないけれど)彼は笑いながら私の方へと近づいてくる。私に対する周りの視線も心なしか、痛い。

「あ、え…っと…、何か御用、でしょうか?」

緊張からか、なかなかうまくしゃべることが出来ない。近づいてくる彼から後ずさりでもしたい気分だ、正直。郷田くんは「んな緊張すんなって」と笑う。そして何かを私に向かって投げた。急な事だったので上手くキャッチは出来なかったけれど、なんとか落とさずに済んだ。恐る恐る手の中のものを見てみるとそこには見慣れたものがあった。

「私の生徒手帳…」

「それ、いつもの場所に落ちてたぞ。」

「え?嘘っ?あ、ありがとう郷田くん!」

勝手に中見て悪かったな、とひと声かけて彼は颯爽と教室から出て行った。…彼が私の名前を知っていたのはこういう理由だったのか。自分の中でそう納得していると友人たちが駆け寄ってきた。「なまえ大丈夫?」やら「郷田とどういう関係なの!?」やら「いつもの場所って何?教えなさいよー」やら、まるでマシンガンのごとく質問攻めにされる。彼とどういう関係か、なんて私が聞きたいくらいだ。昼寝仲間だ、と言って彼女たちが信じてくれるだろうか。そもそも今日まで一度も会話したことのないような関係なんだけれども。
彼女たちにどうやって説明しようか、と頭を抱えたくなる。どうせなら明日にでも屋上で渡してくれてもよかったのに…郷田くんもなかなか気がきかない人だ。はぁ、とため息をつく。とりあえず拾ってもらった生徒手帳をいつも入れているポケットにしまう。その時に紙が一枚、生徒手帳に挟まっていることに気がついた。こんな紙、挟んだ記憶はないけれど…。なんだろう、とその紙を見てみると見慣れない文字で一文書いてあった。

『お前寝てる時よだれ垂らしてたぞ』

思わずぐしゃっと紙を握りつぶした。そういうことは見て見ぬふりをするのが常識ってものでしょうが!ふつふつと彼に対して怒りがわき上がる。よし、今度郷田くんと屋上で会ったら一発殴ろう。そして乙女心ってやつを教えてやろうじゃないか。
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テーマ「人外ファンタジー」
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