鹿野くんが蛇口を捻ると勢いよく水が出てきた。彼は頭を下げて頭から水を被る。バシャバシャと鹿野くんの髪に水がかかって、いつも立てている髪が少しずつボリュームを失っていく。しばらくしてから鹿野くんは顔を上げて髪の毛をかきあげた。髪から滴る水が鹿野くんの顔を伝う。鹿野くんの不健康そうな肌に、太陽の光で反射するしずくが映えるようだ。

「いつまで見てんだなまえ。」

不機嫌そうな声で私の名前を呼ぶ鹿野くん。その声にハッと我に返って、ごめんなさい。と彼に謝る。「ま、別にいいけどよ」と彼は言いながら蛇口の近くに置いてあったタオルを手に取り無造作に頭を拭き始めた。その様子をぼんやりと眺めていると、私の頬からつぅっと汗がつたう。あぁ日差しが刺すように降り注いでいる。夏だからしょうがないとは思うけれど、日焼け止めを突き抜けるかのような日差しと暑さは少しばかりうんざりしてしまう。私も鹿野くんのように水を浴びたら少しは涼しく感じるだろうか。そんなことをぼんやりと考える。

「うわっ」

「ヒヒッ、間抜けな顔だなぁ!」

急に顔に冷たいものがかかってきた。びっくりして変な声が出てしまったら、鹿野くんに笑われてしまった。彼が私に水道の水をかけてきたようで、顔が汗ではない水分で湿ってきた。

「もう、何するの!」

「別にいいじゃねぇか、少しは涼しくなっただろぉ?」

いたずらが成功した子供のように笑う鹿野くんにちょっとだけムッとする。今彼が首にかけているタオルももとはと言えば私が持っていたものだというのに。恩を仇で返すつもりか、なんて思ったり思わなかったり。私も水道のほうへ近づいて蛇口から流れ出る水を手にすくって鹿野くんへ向かってかける。冷てぇな、と彼は笑った。

「今度さ、あれ持ってこようよ。ビニールプール。」

「あーいいかもな。こういった暑い日には涼しくなるかもしんねぇ。」

服が濡れることも気にせずに二人でバシャバシャと蛇口から出る水をお互いにかけあう。この暑さと日差しだから、濡れても少ししたら乾いてくれるだろうしと思って遠慮はしない。馬鹿馬鹿しいことをしているなとは思うけれど、この瞬間に得られる涼しさには変えがたい。

どれくらいこうしていたかは分からないけれど、「いい加減帰るか」という鹿野くんの声に私はうなずいてさっき彼が使っていたタオルを手に取り軽く体を拭く。鹿野くんが名残惜しそうに蛇口を閉めると、先ほどまで出ていた涼しさはそっと消えていった。
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