カタカタ、と一定のリズムでキーボードを叩く。かれこれ数時間は同じ姿勢でパソコンの画面を見ているとやはり目が悲鳴を上げてしまう。あと少しできりのいいところまで終わるのだから、と自分に言い聞かせて手を動かす。

「毎日毎日御苦労なこった。」

後ろから響く低音の声。振り向くことはできないから目視で確認してはいないけれど、今私の後ろにいるのは檜山だろう。ほとんど人もいないような深夜帯に、檜山がまだシーカー本部に居た、という事が少し不思議だ。拓也はもうすでに帰っていたから檜山もてっきり帰っていたものだと思っていたのに。檜山は近くまでやってくると、机に寄りかかり私の方を見ているようだった。行儀が悪い、と小言でも言ってやろうかとも思ったけれど、すっと差し出されたコーヒーに免じてやろう。

「珍しく気がきくのね。」

「まぁ、な。たまにはいいだろう?」

自分の分も持っていたのだろう、コーヒーカップを片手にフッと笑う檜山はなんだか絵になっているかのように見えた。そんな風に思ってしまうほど私は疲れていたのだろうか。あぁ、ちょうどこれくらいならひと段落するのにちょうどいいかもしれない。私はパソコンから視線を外してふぅ、とため息をついた。檜山が持ってきてくれたコーヒーをひとくち。程よい酸味とほろ苦さがすぅっと体に染みいっていくようで、本当、この男はLBXを操作することとコーヒーを淹れることだけに関してはよくできた人間だと感心してしまう。

「で、どうなんだ。進捗状況は。」

「まぁまぁってところね。まあ一筋縄じゃいかない相手だから慎重にいかないと…。」

「そうか…。」

私の仕事はイノベーターやそれに関する企業などのデータベースへ潜り込み、シーカーに対する有益な情報を得ること…つまりはハッキングだ。イノベーターのセキュリティはとても高く、簡単には行かないけれどそれがまた私を燃え上がらせる。このセキュリティを突破してシーカーへ情報を引き出すことができるのなら、とつい熱を上げてしまうのだ。昔から逆境に燃えるタイプだとは思っていたけれど、ここまで来るといっそ笑えてくる。

「で、後セキュリティ1枚ってところまでたどり着いてるようだが…ここまで来るのに何日かかったんだ?」

「えぇそうね…まず大本のやつを突破するのに約3日、それから色々と細かいものをちぎっては投げちぎっては投げって感じで一日くらい。さっきまで戦ってたのはざっと10時間ってところかしら。もう少し短い時間で行けると思ったのだけれど案外かかっちゃったわね。」

「…つまり、お前は5日近く寝てない…というのか。」

檜山はハァ、と深く息をつく。熱中していたから気がつかなかったけれどそれくらい…いや下準備も合わせるとかれこれ1週間近くは寝てなかったのかもしれない。人間なんとかなるものね、と呟いたら軽く頭を叩かれた。

「やっぱり見に来て正解だったな。ここ数日なまえの姿を見てないと拓也が言っていたからもしかして、と思ったが…。」

「あら、いつものことじゃない。」

「お前いつか倒れるぞ。」

その前には寝るようにしてるつもりだけれど。と言い返そうかとも思ったけれど、本当に私を心配しているかのような目で檜山が私を見るものだから言葉が出なかった。無言のまま見つめ合い、ようやく私が出した言葉は「ごめんなさい」というもので。言ってから自分でも少しびっくりした。頭が考えるより先に言葉が出てくることなんて初めての事だったから、なぜ「ごめんなさい」という言葉を言わなければいけなかったのか、と考えてしまう。

「考え事もいいがななまえ。とりあえずお前は寝ろ。」

「えぇ…?あと少しでセキュリティ…」

「寝るんだ。」

無言の圧力、というものだろうか。檜山の表情が怒っていないはずなのになぜか恐怖を感じる。これで嫌だと言った日には私はどこかで野垂れ死んでいるかもしれない、と思わせるほどだ。早く今の仕事を終わらせてしまいたいという考えと大人しく寝て檜山から逃れるべきだという考えを天秤にかけ、数秒後に私は答えを出した。

「分かった分かった、寝るわ。寝たらいいんでしょう?」

「そうか、いい子だ。」

全くこういうときだけ子供扱いして、年齢なんて檜山より少し下だっていうくらいなのに…。とりあえず3時間くらいの仮眠で大丈夫だろうか、とぼんやり考える。部屋の脇に用意された仮眠室(私は滅多に使うことはないけれど)へ行こうとドアノブへ手をかけたときに、檜山に言っておきたい事が有ったのを思い出して私は振り返る。

「あなた、喫茶店のマスターって天職なんじゃない?色々終わったらちゃんとお店、経営したらどう?」

「…そうだな、その時が来たら…考えてもいいかもな。」

変に間が空いたように感じたけれど、まあ檜山にも色々考えがあるのだろう。寝よう、と思ったからか私の体は睡眠を欲していて頭がうまく回らない。コーヒーありがとう、と一言付け足して私は仮眠室のドアを閉めた。
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