数年前から続けているバイトがある。親に言われてほぼ無理やりやらされたものだった。最初はなんで私が、と思って反発したりもしたけれど、実際バイトを始めてみたら思った以上に楽しくて。大学生となった今でも続けている。

「なまえさん、これ先週の宿題です」

「相変わらず完璧だねぇジンくん。私の家庭教師なんてもういらないんじゃない?」

海道義光さまのお孫さん、海道ジンくんの家庭教師というバイトは親が義光さまとのパイプを持ちたいがために持ちかけたものだった。私もジンくんも大人のごたごたに巻き込まれたような感じで始まったものだったけれど、何だかんだで順調で、特に大きな問題もなくここまでやってこれた。親にもよくやったとか褒められるし、自分も楽しいし、お小遣いももらえるし。
最近はゼミのレポートとか、色々と忙しくなってきたから家庭教師をやる日数も減ってきていてちょっとばかりジンくんに申し訳ないなぁと思う。けれど、正直ジンくんは私の家庭教師なんてもう必要ないくらいに頭も良いのだ。このバイトもいつまで続けられるのか、ほんの少し心配になる。

「だいぶ眠そうですね、なまえさん」

「あー…ゴメンね。レポートの資料探しとかしてたらちょっと寝不足気味っぽくて」

「大丈夫ですか?」

「へいきへいきー。あ、ジンくんが問題解いてる間ちょっと資料集めとかやってもいいかな…?」

「えぇ、構いませんよ」

じゃあここからこのページまでお願いね、と今日の範囲をジンくんに教えたあとに私は自分のパソコンを開く。ジンくんがちゃんと問題を解いていることを視界の隅でとらえながら今書いているレポートに必要な資料がなんだったか、頭を回転させる。ある程度資料を集め終わって、今度はその資料のデータをまとめる作業へと移る。このデータを使ってあの実験の証明が出来るから…。
そう色々考えていたら少しずつ瞼が重くなってきた。駄目だ、今寝ちゃ駄目だ。今はバイト中なんだし、ここで居眠りなんてしたらジンくんに迷惑をかけるようなものだ。そう思って頑張って起きていようと目を開けようとするのだけれど、日頃たまった疲れからか自分の意思とは反対にゆっくりと瞼が落ちていく。気がついたときにはもうすでに眠りの中だった。









「…さん」

誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。耳に心地よく聞こえる少し低めの声。この声に自分の名前を呼ばれるのが私はすごく好きだ。

「なまえさん」

ジンくんが私を呼ぶ声が聞こえる。…ジンくんが私を呼んでる?なんでジンくんが私の部屋にい、る…
ってそうだ!今はジンくんの家庭教師のバイトの最中だった。さっきまでぼんやりとしていた脳が急に活性化する。慌てるように目を開けるとすぐ目の前にジンくんの顔があった。えっ?どういうことなんだろうか。状況がうまく把握できない。ジンくんの赤い目に映る私はすごく呆けた顔をしている。そんな私の顔を見てジンくんはふっと笑った。

「おはようございます、なまえさん」

「お、おは…よう?」

そう言うとジンくんはそっと私から離れていった。未だに状況が飲み込めてない私は頭の上にはてなマークを浮かべているだろう。そんな私を見てジンくんはまた笑った。こんなに笑うジンくんを見るのは初めてかもしれない。そんなジンくんにつられるように私もぎこちない笑みを浮かべた。

「ちょっと無防備すぎませんか?」

「え?え?」

「…僕だって、一応男ですよ?」

分かってますかなまえさん、と今まで見たことがない顔と、声で…ジンくんが私に詰め寄る。再び近づく顔に、急に恥ずかしくなる。もしかしたら、今私の顔は林檎も顔負けなくらい真っ赤になっているんじゃないだろうか。
このとき初めてジンくんが男の子なんだって、思った。小さい頃からジンくんの事を見ていたから男の子、というよりは少し年の離れた弟みたいな感覚だったから…。じりじりとジンくんと私の距離が近づいてくる。バクバクと心臓の音がうるさいくらい聞こえてくる。後少し、もう少しでジンくんとの距離がゼロになりそうというところで私はギュッと目を閉じる。もしかして、キス、されるんだろうか、と考えがよぎる。
…少し経ってもジンくんが動く気配が無くて、私は恐る恐る目を開ける。ジンくんは少しさみしそうな、何とも言えない表情で私を見ていた。

「なまえさんが僕の事を男として見てないのは分かってました。多分、弟とかそんな感じで見てるんだろうと、分かってます」

でも、と口ごもるジンくん。そんな彼に私はなんて声をかけたらいいのだろうか。言葉が出てこない。喉がからからと乾いていて、焦りばかりが募る。沈黙が少し、気まずい。

「…僕が、もっと成長して、なまえさんよりも身長も高くなったら」

ポツリ、とジンくんが呟く。その声を聞き洩らさないように耳を澄ます。少し俯いていたジンくんの顔が上を向いて、私と再び視線が合った。その顔は何かをふっ切ったのか、ちょっと自信を持った表情をしていて。その顔に少し胸が高鳴った。

「その時は、覚悟しておいてくださいねなまえさん」

ニヤリと、擬音がするようなそんな笑みを浮かべるジンくん。もうジンくんのその顔がすごくカッコよくて、もう弟みたいになんて思えなかった。
「あぁ、言われた部分終わりましたよセンセイ?」なんて私をからかうように言うものだから、ちょっとだけムッとする。ジンくんのおでこに軽くデコピンをして「大人をからかうんじゃありません!」なんて強がりみたいなことを言う。そんなやりとりがなんか面白くなって、二人で吹きだした。

「採点するからちょっと待っててね」

「分かりました…なまえさん」

「ん?なに?」

「好きです、なまえさんが…好き、です」
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -