「勝った」


たった一言。そう言うと目の前の女は目をきょとんとさせて、次の瞬間満面の笑みを浮かべて「おめでとう!」と言った。




尾刈斗中との練習試合が終わって疲れているはずなのに、俺の足はなぜか河川敷へ向かっていた。あの女が居るという確信なんて全くなかったけど、もしかしたらベンチにでも座って待っているんじゃないかと思った。
その考えは見事ドンピシャで、先日話をしたベンチに座っていた。少しずつ近づいて、おい。と声をかける。俺の声に気がついて振り向いた女はまるで俺が来るのが分かっていたかのように、お疲れ様。と笑っていた。


「尾刈斗中、に勝ったってことは…もう廃部にはならないんだね。」

「そうだな。」


女から渡されたスポーツドリンクを飲みながら(しかしいつもこいつは手際がいいというか、なんで持ってるんだよと言いたくなる)ベンチに座ってぽつぽつと試合の経緯を話していた。別にこいつに話す必要なんてない、だろうにと思わないこともないんだが…。気がつくと口が動く。なんだかんだで俺のこと、心配して…くれてんのかもしんねぇ、し。


「サッカー部も廃部にならなくて、フットボールフロンティアにも出場できることになって、本当によかったね、少年!」

「そりゃ、そうだけど。つかなんでお前がそんなに嬉しそうなんだよ。」

「だって少年がこれからもサッカー出来るんだよ?私もすっごく嬉しくなって当然だよ。」


本当にうれしそうな顔で俺を見る女。なんだか急に恥ずかしくなってふん、と顔をそらしてしまった。あぁ違う。こんなことしてぇわけじゃねぇのに。…本当は、試合前に色々言ってくれたことに、礼を言いたかったっつーのに。恥ずかしくて言えたもんじゃねぇ。
女から顔をそらしてからも女のほうから声は途切れることなく聞こえて。よかった、とかおめでとう、とか。こいつ、俺らが勝ったことに対して俺より喜んでるような気がする。そう考えたらちょっとこそばゆい感じがした。


「なぁ。」


試合のことから話をそらそうと、前からちょっとだけ気になってたことを聞こうと女に声をかける。


「なんだい、少年?」

「お前さぁ、なんで俺のこと『少年』って呼ぶんだ?」

「なんで、って言われてもなぁ…。
 だって、私少年の名前知らないから。呼びようないじゃない?」


女の言葉を聞いて、思わず女のほうを振り向いてしまった。
…確かに、よくよく考えたら俺の名前、教えてねぇ…。それに、俺もこいつの名前を知らないことに気がついた。…名前も知らねぇ奴に色々話してたのかよ俺…。


「…染岡。染岡竜吾だ。」

「染岡、竜吾。かぁ…。うん、いい名前だね、少年!」


「じゃあさ、これからは竜吾って呼んでいい?」



しばらく俺の名前を繰り返していたかと思うと、女が急にそんなことを言いだした。俺は思わずはぁ!?とでかい声をあげた。


「なんで名前のほうなんだよ!別に名字でもいいじゃねぇか!」

「えー、だってせっかく仲良くなったんだしさ。いいじゃない。ね?」


私のことは弥生おねーさん、とでも呼んでくれて構わないよ?と女は笑っていた。誰が呼ぶか!と叫びながら俺は立ちあがる。あーもう、こいつにはついていけねぇ。隣に置いてあったスポーツバックを持って、帰ろうとした。
…こいつ、さらっと言ったけど…弥生って名前なんだな。歩きながらそんなことを考えた自分に、びっくりした。んだよ、なんでアイツのこと考えてんだよ、俺。


「ね、竜吾!」


後ろのほうから聞こえたアイツの声に、思わず振り向く。てか、んなでっけぇ声で呼ばれたら振り向くしかねぇじゃねぇか。アイツは走りながら俺に近づいてきて、最後に一個だけ聞いていい?と言ってきた。


「なんだよ。」

「竜吾は今、サッカー楽しい?」


その質問は、俺らが初めて会ったときに聞かれたやつで。あの時は何にも答えなかったけど、今は…。


「…あぁ、楽しいぜ。」


そう答えると女は「そっか、よかった!」と嬉しそうに笑った。




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「じゃあな、…弥生、さん。」

「うん。じゃあ、ねって少年今私の名前呼んだ!?」

「っ!呼んでねーよ!お前こそ少年っつーな!」

「少年がもっかい私の名前呼んでくれるまで、私も名前呼ばないからねー。」

「…もう、勝手にしろよ…。」
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