俺は今、なまえの家の前にいる。まああいつの家といっても俺の家から徒歩一分もかからない場所にあるわけだが(なまえの家は俺の家から一軒挟んで隣にある) 部活帰りに半田からこのプリント、みょうじに渡しておいてくれよ、と言われたのがそもそものきっかけで。半田に自分で行け、と言ってはみたがお前のほうが家近いだろ?よろしく!とほとんど無理やり押し付けられたようなものだ。 …今度半田には何か奢らせようと内心思いつつ、俺はなまえの家のインターホンを押す。なまえが風邪で学校を休むなんて珍しいもんだ。いつも無駄に元気なくせに、と思う。 一回、二回とインターホンを鳴らしてみたが、返事が全くない。なまえが出られないのはなんとなくわかるが、あいつの母親まで居ないのか。もしかしたら買い物か何かで少し出かけているだけかもしれないけれど。 なんとなく気になって俺はドアノブに手を伸ばす。ガチャ、と力を入れることもなくドアノブが回ってドアが開いた。 おいおい、不用心にもほどがあるだろ!そう思いながら弥生の家に上がる。 昔から行き来してたおかげか家の中なんて勝手知ったるもんだ。俺は迷うことなくなまえの部屋の前まで行く。一応、念のため、ノックをした。思った通り返事はない。寝てるのかもしれねぇな。一応、心の中で邪魔するぜとつぶやいて部屋に入る。 案の定、なまえは寝ていた。少し離れたところから見ても顔が赤く、いまだに熱が下がってないように見える。なまえの額に当てられた冷えピタも、その役目を果たしていないんじゃないだろうか。 「…ゃ、いっちゃ、や、だ…」 寝言か何かか、なまえがか細い声を発する。近づいてみて、なまえがうなされていることに気がついた。熱があるから…というだけではなさそうだ。もしかしたら夢見が悪いのかもしれない。 「おい、なまえ。大丈夫か?」 軽く肩をゆすってみる。うぅ、とうめき声をあげてからなまえは少しずつ目をあける。ピントの合わない視線が少し宙をさまよったあと、俺がいることに気がついたのか視線が俺の顔で止まる。 「あれ…なんで、竜吾が…?」 「半田にプリント渡せって頼まれたからな。」 「そっか…ありがと、ね。」 起き上がろうとするなまえに、いいから寝てろと声をかける。病人のくせに無理すんなと言うと、そうだねと返ってきた。なまえは少し笑っているが、いつもより覇気がない。くそ、なんだか調子狂うぜ。 「玄関、鍵掛かってなかったぞ。泥棒かなんか入ってたらどうすんだよ。」 「はは、本当に。鍵閉めに行く気力もなくて、ね。」 「おばさんは?どっか行ったのか?」 「なんかね、用事あるとかで昨日から出かけてるんだ。」 つまり、なまえは今日ずっとベットの中でうなされていたのか。と思う。もっと早く知ってれば、なんかしてやれたかもしれないのにと歯がゆく思う。 とりあえず冷えピタの替え探してくる。と立ちあがろうとしたとき、学ランの袖をひっぱられた。少しバランスを崩しかけたけど、なんとか立ち止まる。 「どうしたんだよ。」 「ご、ごめんね竜吾。」 袖を引っ張った張本人であるなまえは少し恥ずかしそうに俺のほうを見る。 「さっき、変な夢見てたから…竜吾いなくなっちゃうんじゃないかって…。」 「変な夢ってなんだよ。」 真っ暗なところにね、一人立ってるの。ちょっと離れた場所から竜吾とか、学校の友達とか、声は聞こえるんだけど…姿が見えなくて。必死で皆を呼んでも気づいてくれないんだ。段々、声も遠くなっていって、真っ暗な場所に一人ぼっちで。 一回だけ、声が聞こえたんだけど…それが、ね。竜吾の声でね…。もうさよならだ、って。 「行かないで、行っちゃやだ、って叫んでも…もう何にも聞こえなくて。」 だから、竜吾がいなくなるかも、しれないって思っちゃって。となまえは言う。 お前は馬鹿か、と軽くなまえの頭を叩いた。 「俺は今ここにいるだろうが。んな夢なんて忘れちまえ。」 「…そうだね、竜吾、ここにいるもんね。」 ほら、さっさと寝ちまえ。んでさっさと風邪治せよ。なんて俺はなまえに軽口をたたく。 「ね、竜吾。」 「んだよ。」 「私が寝るまででいいから、」 手、握ってて? そうなまえが言う。しょうがねぇな、と―熱があるせいか、俺よりだいぶ熱い手を握る。 へにゃ、とそんな効果音が出そうな笑顔をなまえは浮かべた。 「おやすみ、竜吾。」 「…おう。」 しばらくすると、なまえは眠ったのか静かな寝息が聞こえてきた。俺は自分の顔に空いている手を当てて、ため息をつく。 …んだよ、さっきの顔は。一瞬こいつにときめいたとか、そんなことはねぇんだ。そう自分に言い聞かせる。 顔が熱いのも、なんか心臓バクバクいってんのも、なまえの風邪が移ったからだ。きっとそうに違いない。 恋した微熱 しかし、思ったより強い力で手を握られてるせいか…動けねぇ。 こいつの顔ずっと見てるのもなんか心臓に悪ぃし、どうしたらいいんだよ、俺…。 |