しん、とした空気を感じながら座禅を組む。夜の澄んだ空気を感じながら自らの感覚を研ぎ澄ます。どんな小さな音や空気の振動なども見逃さないように、心を無にして。


「なまえ、そこにいるのでしょう?」


目は閉じたまま、窓の方へ声をかけるとふわりと窓の外から何かがこの部屋に入ってくる気配を感じた。


「流石、巡様です!私もまだまだ修行が足りませんね。」


完璧に気配を消したつもりだったのに、と彼女は言う。全く…そんなつもりはさらさら無かったでしょうに(一瞬だけ気配を隠さずに…まるで私に見つけてくれと言っているようなものです)
閉じていた目を開けて私はなまえが居る方へ顔を向ける。そこにある顔は以前顔を合わせた時と変わらない笑顔を浮かべた彼女が居た。

「全く…たまには普通に声をかけるとかしたらどうです?」

「でもそれだと巡様を驚かせないじゃないですか!
…成功したこと一回もないですけど…。」


彼女はむぅ、と頬を膨らませ拗ねたような表情をする。そんな子供のような行動を取るのもいつものことで、毎回よく飽きないものだと内心思わなくも無い。けれどもそんな無邪気な彼女が微笑ましいと感じるのも事実だ。…まあ、それを言葉にしてなまえに伝えることはないと思いますが。


「それで、今日の要件は?」


そう問いかけるとそれまで笑みを浮かべていたなまえの顔からすっと表情が消える。仕事をする時の彼女はこんなにも鋭いのか、といつも息をのむ。飄々とした彼女か影を潜め、ただただ冷静に…時に冷徹に。どちらもなまえの顔だと理解しているはずなのに、未だに慣れることが出来ない。いや…慣れたくないのかもしれない。日の光のように暖かいなまえの笑みを消しているのは…この仕事だ。


「郊外の人気の少ない橋近辺にて、一匹。」

「…現状はどうなってますか?」

「今は私の式が相手をしてますがいつもより手ごわいようで…幸い周囲への被害はまだありません。…巡様の手を煩わせる事になって申し訳ありません。」

「構いません。それが私の役割ですから。」


たびたびこの京の町の夜に現れる異形の妖。そのものたちから京を守る役割を担っているのが影田家である。幼い頃からなまえと共に修行をし、京を守る為に時間を費やした。私がこの漫遊寺中で修行を始めてからも夜の役目を欠かすことは無い。そのたびにこうしてなまえが私を呼びにくるのが常になっていた。

本来なら普通の女性として暮らせるはずのなまえが、日々このような生活をしていることを心苦しく思う。自分にもっと力があれば…彼女を戦いへと駆り出すことなく、そして体に傷をつくることも無くなるのに、と。自分の無力さが嘆かわしい。
なまえには日の光の下で笑っていて欲しい。月明かりの下の彼女も美しいけれど、それは彼女の本質的な魅力とは程遠い。


「…では、参りましょうか。案内をお願いしますなまえ。」

「はいっお任せ下さい巡様!」


深みにはまりかけた思考を追い払うように、深く呼吸をする。まずは目の前にある問題を片付けなければならない。なまえに声をかけ、気持ちを切り替える。そして私たち二人は夜の闇へと溶け込んだ。
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