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「座れよ、ここ」

「え?……!!」


頭上でする声と右手の温かみに顔を上げると、目の前には先ほど座っていた彼の顔が至近距離にあった。

その精悍(せいかん)な顔立ちを鍵に、私の心臓は大きく脈打っていく。


目の前に立っていた彼は、反対側から私の吊革を持っていた手の上に手を置き、私を見下ろして真顔でそう言ってきたのだ。


「あの、いい、です……」

「足、怪我してんだろ?」

「えっ……」


なんでわかったんだろう。
靴下で隠れているはずなのに。


「あの……なんで……」

「ずっと右足かばって重心が左足に偏ってる。そのでけーエナメルバッグが右側にあるから、ほんとは自然に右足に重心が行くはずだがおめーはずっと左足を軸にしてる。痛てぇんだろ?見てわかるほど腫れてるし」


す、すごい……
この人何人?
いや日本人なんだろうけど……


「よ、よくわかりましたね……」

「いーから座れ。腰の骨変形しちまうぞ」

「そ、それは嫌です……」

「ははっ。だろ?」


そしてまた彼の笑顔に、私の大きく外れた予想は恋愛感情へと化していく。
心臓のスピードが、音速と言わんばかりに動いていた。


私の手を取りゆっくり座らせてくれた彼は、私を女の子として扱ってくれた。


「ありがとうございます……」

「消毒液、包帯、湿布。これらは常に持っといたほうがいいぜ?」

「え、あ。」


彼は持っていた大きいエナメルバッグの中からそれらを取り出し、私のエナメルバッグに勝手に突っ込んだ。


「私、自分で買うので大丈夫ですよ?」

「返すとか、俺が恥かくだけだろ」

「う……」


そう言われると返せないではないか。
ありがたく頂戴しようと頭を下げると、無理すんなよ、と頭に手を乗っけられた。

その笑顔と優しさに、完全に恋愛感情を抱いてしまった。

今まで女の子扱いされた事がなかっただけだ。
さっき会ったばかりの名前も知らない人を好きになるなんて……。
でも、これは確かに“好き”のドキドキで


目の前に彼が立っているのに、地下鉄ということもあってなかなか話せず俯いたままいると、俺ここで降りるからと手を上げた。


「じゃあな」

「あ、はい……」

「ちなみに、レガースもそろそろ変えないと怪我するぜ?」

「え」


いつの間にとバッグの中のレガースを見る。確かにボロボロだから、そろそろ変えないと。

あぁ、包帯とか入れてくれた時に見たのか。なんて思っている間に地下鉄のドアが閉まって、彼の姿はもう見えなくなっていた。


名前だけでも、聞けば良かったかな。

でもこんな人がたくさんいる状況の中、そんな逆ナンチックなことができるはずもなく、また次も会うだろうと淡く期待をしていた。


が、またも予想は外れ、その日以来会うことは無く年月が過ぎた。

部活でほかの地区と合同試合がある度に会えないかな、なんて思っていたけど会うことも無く、会えそうな機会に期待しては落胆しての繰り返し。

辞めちゃったのかな、とか、やっぱり部活じゃなくてチームに入ってたのかなとか、考えるのが段々めんどくさくなり、あの日の恋心も薄れ顔も今ではぼんやりだ。

あの笑顔にやられたのに。
あの笑顔でさえ、月日は忘れさせる。

高校に入り多少色気づきたい私は途中で部活を辞めてしまい、今に至る。


気づけば、もう高校3年生手前。
早いものだ。




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