02
「座れよ、ここ」
「え?……!!」
頭上でする声と右手の温かみに顔を上げると、目の前には先ほど座っていた彼の顔が至近距離にあった。
その精悍(せいかん)な顔立ちを鍵に、私の心臓は大きく脈打っていく。
目の前に立っていた彼は、反対側から私の吊革を持っていた手の上に手を置き、私を見下ろして真顔でそう言ってきたのだ。
「あの、いい、です……」
「足、怪我してんだろ?」
「えっ……」
なんでわかったんだろう。
靴下で隠れているはずなのに。
「あの……なんで……」
「ずっと右足かばって重心が左足に偏ってる。そのでけーエナメルバッグが右側にあるから、ほんとは自然に右足に重心が行くはずだがおめーはずっと左足を軸にしてる。痛てぇんだろ?見てわかるほど腫れてるし」
す、すごい……
この人何人?
いや日本人なんだろうけど……
「よ、よくわかりましたね……」
「いーから座れ。腰の骨変形しちまうぞ」
「そ、それは嫌です……」
「ははっ。だろ?」
そしてまた彼の笑顔に、私の大きく外れた予想は恋愛感情へと化していく。
心臓のスピードが、音速と言わんばかりに動いていた。
私の手を取りゆっくり座らせてくれた彼は、私を女の子として扱ってくれた。
「ありがとうございます……」
「消毒液、包帯、湿布。これらは常に持っといたほうがいいぜ?」
「え、あ。」
彼は持っていた大きいエナメルバッグの中からそれらを取り出し、私のエナメルバッグに勝手に突っ込んだ。
「私、自分で買うので大丈夫ですよ?」
「返すとか、俺が恥かくだけだろ」
「う……」
そう言われると返せないではないか。
ありがたく頂戴しようと頭を下げると、無理すんなよ、と頭に手を乗っけられた。
その笑顔と優しさに、完全に恋愛感情を抱いてしまった。
今まで女の子扱いされた事がなかっただけだ。
さっき会ったばかりの名前も知らない人を好きになるなんて……。
でも、これは確かに“好き”のドキドキで
目の前に彼が立っているのに、地下鉄ということもあってなかなか話せず俯いたままいると、俺ここで降りるからと手を上げた。
「じゃあな」
「あ、はい……」
「ちなみに、レガースもそろそろ変えないと怪我するぜ?」
「え」
いつの間にとバッグの中のレガースを見る。確かにボロボロだから、そろそろ変えないと。
あぁ、包帯とか入れてくれた時に見たのか。なんて思っている間に地下鉄のドアが閉まって、彼の姿はもう見えなくなっていた。
名前だけでも、聞けば良かったかな。
でもこんな人がたくさんいる状況の中、そんな逆ナンチックなことができるはずもなく、また次も会うだろうと淡く期待をしていた。
が、またも予想は外れ、その日以来会うことは無く年月が過ぎた。
部活でほかの地区と合同試合がある度に会えないかな、なんて思っていたけど会うことも無く、会えそうな機会に期待しては落胆しての繰り返し。
辞めちゃったのかな、とか、やっぱり部活じゃなくてチームに入ってたのかなとか、考えるのが段々めんどくさくなり、あの日の恋心も薄れ顔も今ではぼんやりだ。
あの笑顔にやられたのに。
あの笑顔でさえ、月日は忘れさせる。
高校に入り多少色気づきたい私は途中で部活を辞めてしまい、今に至る。
気づけば、もう高校3年生手前。
早いものだ。
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