5
「……わからない。もう、覚えてない」
「嘘つかないで下さい。話した方が楽になりますよ?」
「脅し文句みたい」
あはは、と口だけで笑って透くんを見れば、透くんは真剣な顔でこっちを見ていて。
目を逸らしたと思えば波打ち際を進み始め、私はそれについて行った。
「………」
「………」
「……僕、そんな頼りにならないですか?一応、探偵なんですが」
「え……」
前を歩く透くんの顔は見えないが、声色に若干怒りと寂しさが含まれているのがわかる。
「ほんの少しは頼りにしてくれていると思っていましたが……そうでは無かった様ですね」
「そういうわけじゃないのよ。あんまり透くんに迷惑かけたくなくて……」
「迷惑だと思う事に自分から首突っ込む人はいないと思いますが」
「そ、そうね……」
あ。と言った透くんはパッとこっちに振り返り、笑顔を向けてくる。
どうしたんだろう?と小首を傾げると、メモ帳とペンを取り出した。
何を聞かれるのだろうか。
私もこの場面は見慣れている。
まるで犯人になった様な気分だ
犯人ってこんな気持ちなんだなぁ。なんて思っていると、メモに何かを書いていた透くんは、そのメモをはい、と私に見せてくれた。
『ある男と家族の事件の原因を知る為、そして電話してきた人物はある男と同一人物なのか知る為、黒の組織へ潜入。』
と書かれていた。
これは昨日の朝に、私が透くんに話した内容だ。
「えっと……?」
「名前さんが取り戻した記憶や夢をこのメモに箇条書きにするんです。なんでもいい。男の特徴や服装。ある程度揃ったら、時系列に組み立てるんです。パズルの様に」
「な、なるほど……まるで警察ね」
「公安ですから」
確かにそうなんだけどね。
私的には、取り戻した記憶が鍵になるけどあまり思い出したくないから書き留めようなんて思いつきもしなかった。
客観的に見られた方が、解明に繋がるかもしれない。
「ただ名前さんは記憶を取り戻す事に精一杯だと思いますので、僕がメモを取ります。なので名前さんが逐一報告してくれなければ、ピースは埋まりませんよ」
どうです?と、まるで取引をしている様な笑顔で言ってくる。
なんか悪い事してるみたい。
まぁ、実際はしていないんだけど。
寧ろ私を助けようとしてくれているから、ここは甘えてしまってもいいのかな。
「じゃぁ、お願いします……」
「良かった。じゃあ何か思い出したら、直接でも、電話でも、メールでもいいので僕に連絡下さい」
「ありがとう!」
簡単に記憶がポンポン戻ってくるといいのだけど。
それでも、何かあれば透くんに報告しよう。少し人に頼る事を、学ぼう。
乾いた口を潤す為に、すでにぬるくなったお茶を1口、口に含んだ。
prev|
next