16
結局、私に兄がいるという事しか思い出せなかった。
でも身内が判明したのだから、凄い事だ。
あの近くにあった公園
あそこで、私はお兄ちゃんと呼んだ気がした。
よく遊んでいたのだろうか。
きっと何も考えず、幸せだった日々。
それを忘れた私は、罪深い。
「名前さん、僕があそこへ連れて行って言える事じゃないですが、あまり深く考え過ぎるのはよくないですよ。今はもう帰ってるんですから、一旦置いておきましょう」
「でも……」
「重大な事が判明したじゃないですか。今日はそれだけで充分ですよ」
前を見ながらも、微笑みながら言ってくれる透くんに、疑問がうまれる。
「どうして私の為にここまでしてくれるの?さっきまでは、兄だと気づかせたいのかと思っていたけど」
「……それは、名前さんが……」
「うん」
「……名前さんが苦しそうだからですよ。今はそういうことにしておいてください」
「えっ?そういうことにしておいてくださいってどういう事?」
「さ、気分転換にご飯でも行きませんか?」
「え、ちょ、透くん!」
「さぁどこにしましょうか〜」
「透くんったらぁ!」
「あ、その前に少し、お腹をすかせてから行きたいんですが、いーですか?」
「え、うん……」
ーーーー
あるホテルに来た私達。
心臓がドキドキと脈打った。
「透くん……本当にここで……」
「だめですか?僕は、名前さんと来たかったんですが」
「心臓が持たない……」
「可愛いですね。さ、入りましょう」
中へ入ると、いいムードの曲が流れる。
でもそれに癒されるどころか、緊張して足が竦んだ。
透くんと、ここで……
付き合っているわけでもないのに。
手がかたかた震えだし、ごくりと生唾を飲み、目の前のものに口をつける。
透くんはもう口をつけていて、私も慌てて口に含んだ。
「おいしいですね、名前さん」
「ん……」
「名前さん、手震えてますよ」
「……ひどい」
「僕は名前さんと来たかったです」
「……こんな……こんな高級ホテルでご飯なんて緊張するに決まってるじゃないっ!」
「たまにはいいじゃないですか」
「こんな高級なところに来るならもっとちゃんとした服装したかったわよ」
緊張して味もわからない。
お腹をすかせるとか言って一緒にテニスはやらされるし、ここにしましょうと言われて見てみれば大きな高級ホテル。
たまたま目についたらしい。
目が肥えているのにも程がある。
困った様に笑う透くんによそ目に、ムスッとしながら食べていると、後ろでウエイトレスさんとお客さんの会話が聞こえた。
「すみません、ここは完全予約制でして……」
「あ、そうなんですか。わかりました」
えっ。
完全予約制?
でも透くんはたまたま目についたって……。でももし私がここへ誘われたら、高級過ぎて断っていたかもしれない。そんなお金も無いしね。
……だからたまたまって言ってくれたのかな……
いい席だし。
どんだけ紳士なんだ、このイケメン君。
「透くん、ありがとう。ここ、素敵な場所ね」
「えっ、どうしたんですか急に……」
「ふふ、なんでも♪」
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