随分と小さくなった背中を後悔と一緒に見送ったあの日から、今では絶対に戻ることのない日々にオレとあり続けた曖昧な感情は奇妙な焦燥感と一緒に、まるでオレの所有するおしゃぶりの如くひどく色褪せたように思う。思えばそれは単なる自己防衛のひとつで、もうこれ以上傷付かぬようにとオレは無意識に自らの感情を濁らせていたようだ。色を失いかけたその想いを、再び焦がれるまでに透き通らせたのは、皮肉にも七色が欠けたとある未来の記憶だったが。

 ふと、肌を焼くような殺気に目が覚めた。寝起きながらに、その殺気が自分に向いていると理解出来るのは過去になし得た経験の賜物だ。夜を裂く音。次の瞬間、闇に生じて殴りかかってきた影を、オレは反射的に一本背負いでオレが今まで睡眠を取っていたベットの上に叩き付け、相手の首に手刀をあてがった。直後判明した襲撃者の正体に一度は驚くも、こうもなると呆れの方が強い。


「…何をやっているんだ、お前は」
「久々だったから、あんたの腕が落ちてないか確かめたかったんだぜ、コラ」
「バカじゃないのか」
「ラル、昔俺に同じことやったの忘れてるだろ」
「あれは訓練のひとつだったんだ」


 溜息と伴に手刀を外せば、襲撃者――もといコロネロは立ち上がり、パキパキと凝ったらしい肩を鳴らした。つい数日前に再会した教え子は、その鮮やかな金髪も、意志の強い隻眼も何も変わっていなかった。いや、未来のか記憶でも、コロネロは最後までコロネロらしかったのだから、変わっていた方がこいつにしてはおかしいのかもしれない。その変化の無さにオレは安堵しつつ、同じく変化の無い互いの低い目線にどこかもの悲しさを覚えるのだ。


「にしても、相変わらずのあお転婆だな」
「うるさい!それよりも教官を試す真似をするとはお前も随分と偉くなったものだな」
「悪い悪い。けど、俺だってもう生徒や弟子を持つ身だぜ、コラ!」
「…確かに、お前の笹川の育て方は満点だ」


 オレより経験は少なくとも、コロネロの長所を伸ばす才は飛び抜けている。そこは昔からオレでさえも認めていることなのでそう褒めてやれば、コロネロは嬉しそうに笑った。その、久々に見たコロネロの笑顔に、オレも自然と頬を弛める。コロネロの屈託の無い笑顔が、オレは昔から好きだった。


「そうだ、ラル」
「何だ」
「あんた、今みたいに笑ってた方が可愛いぜ、コラ」
「なっ!」


 どうしてこの男はこうもこっぱずかしいことを易々と口に出来るのか、長い付き合いのオレにも未だわからない。ただ、つい最近まで色褪せていたそれが、ジリジリと燻り始めて、そこから発生した熱が身体中を巡るものだから、オレは危うく呼吸の仕方さえも忘れそうになる。そんなオレに、止めのようにコロネロは最大級の爆弾を放った。


「俺、あんたの笑った顔、すげー好き」


 オレも同じことを考えていた、だなんて口が裂けても、況してや地球がひっくり返ってもオレは言えないだろう。赤ん坊になったあの日のように、自分の深くにある曖昧なそれに素直になれないまま、今日も小さな後悔を抱えてオレは眠りにつくはずだ。真っ赤なまま固まってしまったオレを、コロネロは引き寄せると昔のようにオレの頭を乱暴に撫でて、また笑った。


「大好きだぜ、コラ」


 随分と小さくなった背中を後悔と一緒に見送ったあの日から、今では絶対に戻ることのない日々にオレとあり続けた曖昧な感情は奇妙な焦燥感と一緒に、まるでオレのおしゃぶりの如くひどく色褪せたように思う。それが、もう来ることのない未来の記憶でオレの流した涙の色に変化し、今、コロネロの言葉ひとつでとある感情へと色付きつつある。そして早く早くと色付いては急かし、駆け足に前を行くその気持ちに、オレは戸惑ってはまだ追いつけないでいるのだ。



/気持ちと追いかけっこ
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