思春期の条件



消毒液が、傷に染みる。



「γ、あなたはどうしてそんなにケンカをするの?」


「…アンタには関係ない」


顔を見ずに言うと、笑顔が似合う顔が曇ったのが何故か分かっちまった。
少しの沈黙の後、関係なくないわ、と返された。


「あなたは私が小さい時から一緒だったもの。
…だからあなたが傷付いている姿は見たくないの」


視線を感じたから横目で見れば、手の動きを止めてじっと俺の顔を見ていた。
青空のような、海の底のような、青いが不思議な色彩を持つ目が俺を見つめる。
俺の思考回路が読まれそうで思わず目を逸らした。


「…お母さんが心配していたのよ」


お母さん…俺の母親の事じゃない。恐らく彼女の母親で、彼女が通っているジッリョネロ高校校長のアリアさんの事だろう。
俺は、そうか、と短く言って話すのを止めた。
そいつを察したのか彼女も話し掛けるのを止めて俺の怪我の手当てに専念する。

気まずい空気が彼女の家のリビングに充満する。
ふと目を向けると彼女は目を伏せて俺の腕に包帯を巻いていた。


(…こんなに、細かったか…?)


俺より三つ歳上である彼女の指に目が行った。
大事に育てられたお嬢様らしい、白魚のような指は俺が本気を出せば簡単に折れちまいそうなほど細い。
ついでに全身を見てみる。

小さい頃に比べれば明らかに女らしくなった体格。大人びた顔立ち。白が良く似合う、光のような人だ。
血と泥で薄汚れた俺には、眩し過ぎる。


今日のケンカは、他クラスの野郎が巷で有名な彼女を良からぬ場所に連れ込もうとしていると聞いて、それでそいつをブン殴った事が発端だ。俺は前からそいつが気に食わなかったからブン殴っただけで、別に彼女を助けた訳じゃない。


「っ……」


急に彼女の顔が赤くなった。手も止まっている。


「…どうした?」


「!…い、いえ、そろそろ終わるわ」


慌てたように包帯を巻き終わる。包帯を止めるテープを切るハサミの音が、いやに大きく聞こえた。


「はい、出来たわ。
次はやらないわよ」


「ああ分かった」


何度も聞いたその台詞に俺は適当に相槌を打つ。
俺みたいな奴を放っておけないその性格は、流石アリアさんの娘と言うべきか。


「…ありがとな」


一応礼を言って置く。
彼女の表情が一瞬固まったがその後、慈悲深い女神のような笑みを見せた。
その笑みに、心臓が高鳴った理由は分からなかった。

















私は彼を……γを、弟のように思っていた。


「γ、あなたはどうしてそんなにケンカをするの?」


そう言うと、関係ないと言われてしまった。
まるで私の顔なんか見たくもないかのように顔を逸らされて言うものだから、余計に悲しくなった。


「…関係なくないわ。
あなたは私が小さい時から一緒だったもの。
…だからあなたが傷付いている姿は見たくないの」


γの目が私を捕えた。
中学二年生とは思えない、どこか色っぽい眼差しが気になったけど、逸らす訳にはいかないからじっとγの目を見る。

すると、逸らされた。
益々悲しくなって、あまり言いたくなかった事を言ってみた。


「…お母さんが心配していたのよ」


γはお母さんに淡い恋心を抱いているのは私だけでなく周りも知っている。
…だから私は、この事をあまり言いたくなかった。
でもそれでγのケンカ癖が少しでも治まるならと思って言ってみたけど


「そうか」


とだけ言われてγは黙ってしまった。これ以上話し掛けても無駄な気がして、私はγの手当てに専念する事にした。


(…逞しい腕…)


筋肉が程よく付いている腕は、小学校に上がったばかりの私を引っ張っていたあの腕とは大きく掛け離れていた。


(…傷もこんなに一杯…)


細かい傷だらけの腕が、γがいかにケンカに明け暮れているかを物語っている。
昔から意地っ張りで、お母さんが好きだから早く大人になろうとして人に頼ろうとはしないγ。


(少しで良いから、私を頼って、γ…)


傷の消毒が終わった私はγの腕に包帯を巻き始める。
直ぐに型崩れしないように注意しながら巻いていると、γの視線を感じた。

アメジストのような瞳が私を見ている……たったそれだけの事なのに顔に熱が溜まっていくのが、嫌でも分かってしまった。


「っ……」


「…どうした?」


「!…い、いえ、そろそろ終わるわ」


心臓が五月蠅いくらいドクドク言っているのを感じながら急いで巻き終わった。
最後の仕上げに包帯を止めるテープを切って貼った。
歳上であるプライドに懸けて、私が強がった。


「はい、出来たわ。
次はやらないわよ」


「ああ分かった」


…よくよく考えたら、何度もこの会話をしていた。
別な事を言えば良かったと後悔している間、γは包帯を巻いた腕を見ていた。


(もしかして、きつかったのかしら…?)


そう思っていると
γは私に視線を向けた。
…嗚呼、γの瞳に映る私はなんて頼りないのかしら。


「…ありがとな」


微笑みながら礼を言われて思わず固まってしまった。
でもずっと固まっている訳にはいかないから、私も微笑ってみせた。

貴方の言葉で、
私は救われるのよ、γ



fin
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