ゆらゆらとざわめく水面を逆さまから眺めていた。水面に向けてひろがる青い髪に天井から降り注ぐ照明と泡沫がただよう。手足を揺らすと長い髪が絡みついてきた。無音に沈んでいく水の世界。心地よさに目蓋がとろけていく。
コツンと水槽を叩く音が響いた。眠りを邪魔されて、少しムッとしつつブルーベルはのろのろと顔を上げて振り向くとガラスの向こうに少年が立っていた。中腰になって水槽の中を覗き込んでいる。
ガラスの向こうにある少年の顔を両手で撫でるとブルーベルは慌てて身を反転させた。思いっきり水を蹴って水槽の縁へぶら下がる。
「びゃくらん、おかえり〜!」
ブルーベルは片足を縁に引っ掛けてよじ登りながら叫んだ。
「ただいま〜ブルーベル」
にっこりと笑って手をひらひらと振ってくる白蘭目掛けてブルーベルはジャンプする。
「いい子にしてた?」
「ブルーベル、いいこ、してたよー!」
難なく受けとめてくれた白蘭へブルーベルは頭を大きく上下へと振った。水が飛び散って白蘭を濡らす。
「びゃくらん、びしょびしょー」
ブルーベルは久しぶりに会えた白蘭にしがみついて濡れた頬をくっつけた。
「びしょびしょ〜」
「にげちゃえばよかったのに」
菫色の目を細めると白蘭は指先でブルーベルの額を小突いてくる。
「そんなことしたらブルーベルが怪我しちゃうでしょ」
「けが、しないよー。ブルーベルはつよいもん。だって、びゃくらんの、りあるろくちょーかだもん」
白蘭を振り仰ぐとブルーベルは胸を張ってみせた。
「――――でも、泣いちゃうでしょ?」
「にゅっ………」
答えられずにいると興味深そうな表情を浮かべながら白蘭はブルーベルをゆっくりと床へ下ろす。
「おやつの時間だよ。一緒に甘いもの食べよーよ」
そう言ってブルーベルの手を握って軽く引っ張ってくる。
「びゃくらん」
線の細い端正な容貌とは不釣合いなごつごとした手を握り返す。
「な〜に?」
「だっこ、して。おんぶ!」
「いいよ〜」
「ほん、よんで」
「いいよ〜」
「いっしょにおひるね、して」
「いいよ〜」
尽く流れるように答えると白蘭は楽しそうに笑う。
「ブルーベルをおいて、どこかにいっちゃやだ」
「どこにも行かないよ。ずっと一緒。どんなことがあっても」
「うん、ずっといっしょ!」
end
★2011.12.13 『da capo』様へ 拓夢