目覚めると丑三つ時に少し満たない時刻でまだまだ眠れると思うとやや悔しかったが、現実問題M・Mはそれどころではなかった。心臓がやたらと早鐘を打つのだ。胸元や額に触れればベタリと不愉快な感触がして思わず舌打ちをしてしまった。かつて彼女を匿っていた男に舌打ちする癖を毛嫌いされていたが、今の男はM・Mにはとやかく言わない。否寧ろ人の事は言えないのだった。様々な悪癖を持ったその男にM・Mは高給で匿われてやっているのだ。なんでも取材費よりも彼女を匿った方が断然安上がりらしい。最初それを聞いた時にM・Mは腹を立てたが、高給以外にも待遇が今までの男たちよりもずっと良かったので目をつぶる事にしたのだ。
そんな彼女を匿っているのは隣で女性の様な美しい碧色の髪を拡げて眠る端正な顔立ちの男。名を桔梗と言った。彼の職業は小説家だった。一口に小説家といっても彼の執筆する作品は官能小説ばかりで、彼は取材と称して彼女を抱くのだった。
時に悪趣味な抱き方をする時もあったが、全てそれらは作品に化けており、また彼自身の欲の為に彼女を抱く事はなかった。もちろん今宵も取材と称して彼女は抱かれたのだ。

M・Mが諦めた様に溜息を付き、ゆっくりと身体を起こすと何か察したのか桔梗も目を覚まし彼女を振り返った。彼は甘える猫かの様に彼女の太股に擦り寄り、そこに頭を乗せるとうっすらと目を開いた。彼女はいつもの癖で彼の髪を手櫛で空いてやり、彼の頭をそっと掌で包み込んだ。

「どうかしたのですか?」

「なんでもないわ、ただ寝付きが悪かっただけよ」

しかし彼には彼女の嘘が分かっていた。彼女は嘘をつく時に手に汗をかくのだ。彼女は何か隠している、そう核心した桔梗は身体を起こして彼女を抱き寄せ子供をあやす様に額や頬、瞼に口付けた。しばらく彼女の背をトントンと優しく叩いていると彼女が小刻みに震えたので、何事かと彼が彼女の顔を覗き込むと彼女の頬に涙が伝っていた。滅多に見る事の無い彼女の涙に最初はうろたえた彼だったが、すぐに彼女をきつく抱きしめた。

「M…?」

「もしかしたらあたしは死神なのかもしれないわ」

M・Mが見ていた夢は今までの男たちの夢だった、皆もうこの世にはいない。彼らが彼女をあの世に引きずり込もうとするのだ。目は洞となり暗く沈み、肉の腐り落ちた手は今にも彼女を掴もうとした。
これまでに彼女を飼い馴らそうとした男は片手では足りないくらいいたがもう全ていないのだ。ある男は病で倒れ、またある男は通りすがりに刺されて死んだ。何名かは自ら命を絶った。愛人契約を結ばず本気で愛した男は確か入水自殺だったはずだ。彼女はその度に男の本妻や家族から白い目で見られ、散々罵られてきた。
彼女も最初は全く気にも止めなかったが、関係を持った男が皆いなくなっていくとあれば自分に何か呪いでもあるのではないのだろうかと、自らを責める様になった。

しかし桔梗は彼女のそんな経歴を聞いても全く動じず、むしろ喜んで彼女を購入した。

「いいじゃないですか、いわくつきの女」

「あんたもいつか死ぬかもしれないのよ」

「小説家なんて売れなければ死んでいるも同然、美しい死神に魂を奪われるのならば大いに結構」

なんて事ない様に言い切った桔梗にM・Mは思わず軽く吹き出した。

そうして彼らは幾度か口づけを交わし、すっかり泣き止んだM・Mの首筋に桔梗は唇を這わせ上機嫌でこう言った。彼女は彼の這わせる唇の動きに敏感に反応しながらもいつもの憎まれ口を叩く。終いには彼の手も彼女の身体中を這い始めた。

「では一緒に寝ましょうか」

「どうせまた取材なんでしょう?」

「いいえ、私が貴女を今抱きたいと思ったからです。いつもよりじっくりと時間をかけて抱いて差し上げますよ」

「アンタね、筆は遅いクセに…」

「M、それ以上言うと口を塞いだついでに貴女の人生も塞ぎますよ」

「ふんっ、アンタにできるかしらね…っ?!」

言葉だけは強がるM・Mの汗の雫を桔梗が嘗め取ると薄いスリップの布越しの皮膚が揺れた。

やさしくて眠れない
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