五条悟と苗字名前を連れてこい。あからさまな罠に私と悟は帷を抜けて隔離された渋谷へとやって来た。
「大丈夫?名前」
「大丈夫。ありがとう」
「じゃあ行こうか!」
「うわっ」
悟にいきなりお姫様抱っこをされて人混みの上で空中散歩しつつ状況を確認する。恋人のいきなりの行動に心臓が高鳴ったけど、急いで気持ちを切り替えた。今のところまだ事は起こっていない様だ。でも一般人をこんな形で巻き込むだなんて、絶対何かある。
「動画撮られてネットにアップされたらヤバいね。渋谷の街をラブラブカップルが飛んでるなう、みたいな!」
「悟、少しは緊張感持ってよ」
「分かってるよ。でもさこんなデートもたまには良くない?」
楽しそうに笑みを浮かべている悟はいつもと変わらず何を考えているか分からない。敵は何か罠を仕掛けて来るはずなのに最強たる故か余裕そうだ。でもそんな悟を私は尊敬している。今回だって必ず勝てる、そう信じて彼に抱き抱えられながら地下鉄の線路に降り立った。
10月31日
B5F 副都心線ホーム
20:40 東京渋谷メトロ駅
私達と特級呪霊達との戦いが幕を開けた。
邪魔にならない範囲で特級呪霊達に刀で攻撃を仕掛ける。悟のお陰で特級呪霊を1体祓えたけど1本の電車が現状を一変させた。電車から降りて来た大量の改造人間が人を殺し、塞がれていた吹き抜けが開き人が増える。場は更に混乱を極め犠牲がどんどん増えて来る。
やばい、どうすれば…思考を張り巡らす前に悟が声高らかに叫んだ。
「名前!!」
名前を呼ばれるだけで十分だった。
長年の付き合い故か悟がしようとしている事がすぐさま分かった。私はすぐに無効化呪術を自分に掛け、悟の無量空処が自分に掛からない様にした。
そして改造人間を片っ端から悟と鏖殺して行く。
止まるな、心を捨てろ、悟の足手纏いにだけはなるな。
全ての改造人間を全滅させた頃には呪力消費も相まってだいぶ疲労が溜まっていた。刹那とはいえ、流石に格上の悟の無量空処を無効化するのは大分疲れてしまった。今立っているのさえやっとの事だ。だけど止まってはいられない、私は休む間も無く臨戦態勢を崩さなかった。
ふと、気がつくとその箱はあった。
そしてその箱が開き中から禍々しい壁が現れ、その目に見つめられていた。それが何か考える間もなく、何かを感じた悟に腕を引っ張られると同時に懐かしい声がした。
「や、悟、名前」
名を呼ばれ振り返ると、そこにはかつての同期で友人の、夏油傑の姿があった。
「は?」
「え?」
悟も私も思考が停止した。何故彼がここに?だって傑は悟が殺したはずだ。私もあの時あの場所にいた。だけど、目の前にいる傑は間違いなく本物。
目の前の現実と蘇る懐かしい記憶に囚われていると、四方から伸びる何かに囲まれ、2人共々拘束されていた。
「っ!!」
しまった!
「だめじゃないか2人とも、戦闘中に考えごとなんて」
傑は笑顔を浮かべながら私達に近づいてくる。拘束から逃れようと、もがこうとするけど全く力が入らず呪力も感じられない。拘束と共に刀も落としてしまって完全に詰んでしまった。そんな私に傑は屈んで目線を合わせる。
「傑…」
「お疲れ様、名前。悪いけどもう少し君には寝ててもらうよ」
「やめろ!」
悟の怒号を無視して、薄ら笑いを浮かべた傑の手が伸びてくる。彼は私の頬に手を当てて顔を近づけたと思ったら唇が重なっていた。突然のキスに驚きつつも、抵抗らしい抵抗も出来ずただ身を捩る事しか出来ない。
「ん…やめ…っ……傑っ」
ぬるり、と舌が入って来ると同時に段々と意識が遠のく。
私が壁の目に気を取られて無かったら、もしも悟1人だけだったら、こんな状況にならなかったかもしれない。私のせいで悟が…。じわりと涙が滲んだけど私は抗えない睡魔に襲われる。
ごめん、ね…悟
悟の足手纏いにはなりたく無かったのに、せめて悟だけでも助かる方法が考えればいくらでもあったかもしれないのに。深い悲しみと後悔に苛まれながら私は意識を失った。
「名前、名前!」
傑の肉体を奪った奴から解放された名前は呼びかけても反応が無い。拘束されたまま脱力して、身体が宙にだらりと浮いていた。
「無駄だよ、彼女の意識はもう無い。君と一緒に戦うなんてすごく大変だっただろうに。よく頑張ったね、名前。よしよし」
楽しそうな声に傑の肉体を奪った奴を睨み付けた。名前にキスした挙げ句、俺を無視して子供を褒める親の様に名前の頭を撫でる。
「俺の女に手ェ出してんじゃねぇよ」
「名前は利用価値がある。殺さないであげたんだ、感謝して欲しいくらいだよ悟」
奴は未だに名前の頭を撫でる。触んな、穢れる。
「なる程。俺と名前を一緒に封印すると言う事はコレの弱点は名前か」
名前の術式、無効化呪術はあらゆる呪術を無効化する。封印解除にもってこいだ。
「それもあるけど、もう一つ理由がある。名前の術式は私の目的に必要不可欠だ」
「目的?」
そうだ、よくよく考えてみれば弱点が名前なら一緒に封印するよりか殺した方が早い。名前の術式は珍しい物だけど強いか、と問われるとそうでは無い。殺した方が簡単だし確実だ。そんな俺の疑問に奴は楽しそうに応える。
「私はね今度は君になるんだ。でも君、強すぎるんだよ。けど千年後なら君に匹敵する術師がいるはずさ」
「それと名前に何の関係が…」
「分からないのかい?君になって名前には無効化呪術の覚醒を行う。それについては君にも心当たりがあるだろう?」
「……」
無効化呪術の覚醒の事も知ってるのか。沈黙は肯定を意味してしまい、奴が満足気に笑う。
名前は自分では弱い呪術師だと思っている。だが、無効化呪術が覚醒したら世界の均衡が崩れる力でもある。名前はその事について自覚は全く無い。覚醒の件は本人を含め極秘案件になっている。
「そして名前の術式が覚醒次第、彼女を孕ます」
「はぁ?」
覚醒の件もだけど、名前を孕ますなんて俺以外が言うなんて、耐えきれず奥歯を噛み締め奴を睨み付けた。
「君の無限下呪術と名前の無効化呪術、それらが交じり合った子供は、きっと私の目的の役に立つはずだ」
例え俺の種だろうと俺じゃない奴が名前を孕ますなんて、腸が煮え返るね。名前を孕ますのは俺だけでいいんだよ。
「寝取りが趣味とか、キッモ」
「どうせ君になるんだ。寝取りでは無いよ。無効化呪術は素晴らしい術式だ。彼女の術式が覚醒したらいずれこの世界の女王として君臨する。だが今は君に預けておこう、今はまだ羽化には早い。ま、君の身体を乗っ取っても名前は気付かないだろうけど怒らないであげなよ」
「名前に怒るわけないじゃん、もちろんオマエにも。だからこれ解いてくんない?」
「よく言うよ、私が名前に触れた時点でとっくにブチギレている癖に」
湧き上がる殺気を向けても奴はニヤニヤ笑って俺達を見ている。拘束されて無かったら今すぐにでも、ぐちゃぐちゃにしてやるのに。
「おやすみ五条悟そして苗字名前。新しい世界でまた会おう」
親友の晴れやかな笑顔を見ながら、僕達は深い闇に誘われた。
「名前」
「ごめんなさい…さとる…ごめんなさい」
自分の膝に乗せて横向きに抱き、頬を軽く叩いて呼びかけても名前は反応を示さない。目は開いているが瞳は虚ろで光が無い。ひたすら狂った様に僕に対して謝罪を繰り返している。それ以外は正常で、脈拍もあるし呼吸もしている。生きているのは不幸中の幸か。
まさか奴が無効化呪術の覚醒まで知ってるなんて驚いた。この事を知っているのは限られたごく僅かな一部の人間しか知らない筈なのに。上の連中は覚醒を畏れて名前を秘匿死刑しようと画策する馬鹿もいる。
奴の目的は分かったけど、到底理解出来ないし果たさせるつもりも無い。第一、女王なんて柄じゃ無いよ名前は。せめて僕のお姫様でいて欲しいね。
僕といい、アイツといい変な奴に好かれるね名前は。
「ごめんなさい…さとる…」
壊れた人形の様に僕に謝罪をしている。そんな名前の額にキスをして頭を撫でた。
気に病む事は無い、僕たち2人のミスだ。君は十分強い、公私共に僕と一緒に行動出来るのは名前だけだ。戦闘で疲れただろうから今は眠っていて貰おう。名前の目に僕の手の平を乗せて完全に意識を失わせた。
「おやすみ、僕のお姫様」
手を退け名前を見てみると目を瞑り深く眠っていた。さっきより表情が楽になった気がする。あんな状態の名前は見ているこっちも精神的に来るものがあるからね。
いや〜参った。やっちまったなぁ。
まさか傑の肉体を奪う奴が現れるなんて。あの様子じゃ主導権は完全に奪われてるみたいだ。
そういえばアイツ名前にキスしてたね。思い出したらムカついてきた。急いで服の裾で名前の唇を拭き、抱き寄せて彼女の唇にキスをした。ついでに舌を入れて口腔内を犯してやっと満足できた。
意識の無い時に無茶苦茶にヤルのも新鮮味があっていいけど、やっぱ反応があった方が燃えるね。たまにはこんなのもいいけど、いつもみたいに恥ずかしそうな声で悟っ…って名前を呼ばれる方がめちゃくちゃ興奮する。ん?でも一応拭いたけどさ、これって傑と間接キスしてんじゃ無い?中身は違うけど肉体は傑の物だし。
オ゛ッエー。
まさか名前とのキスでえずく日が来るとは、本当勘弁して欲しいね。それに僕の名前に手を出そうとするなんてここを出たら早々に殺してしまおう。でも今、この状況はすごく良くない。
「まずったよなぁ。色々とヤバイよなぁ。…ま、なんとかなるか」
状況は悪いが、僕達の可愛い教え子がいる。
「期待しているよ、皆」
みんなが助けに来てくれるまで僕達は一時休戦だ。地獄も名前となら悪くない。けど、まだやらないといけない事がある。僕らの明るい未来の為にアイツもしっかり殺さなきゃね。
新たな決意と共に、僕は胸の中で眠る名前を強く抱き締めた。
21.0412