扉を開けると所々何かで汚してしまったワイシャツを持っている悠仁、ヤンキー座りでそれを見る野薔薇、目を細めて厳しい目線を2人に向けている恵がいた。
「みんなどうしたの?」
「名前先生〜」
縋る様な目を向けてくる野薔薇に聞けば、伊地知くんから預かった悟のシャツを不注意で汚してしまったらしい。
「マリメッコに見えなくもないでしょ?」
「うーん確かに、そう言われてみれば薄っすら見えてくる様な…」
「苗字先生も乗らないで下さい」
野薔薇と一緒になって屈んで悟のシャツを見ると恵の鋭いツッコミが入る。冗談はこれくらいにして彼らの副担任として私も力を貸す事にした。
「コーヒーの染みは中性洗剤が落ちやすいって聞くよ。持って来るからちょっと待ってて」
そう言って私は洗剤を持ってきて3人と一緒に叩きながら落としていく。大分時間をかけて落としていったけど、コーヒーの染みは完全に落ちる事は無く薄っすらと残っていた。
「残念だけどこれが限界かな…」
「てか何ですかこのシャツの値段!あり得ないでしょ」
悟には申し訳ないけどそれについては逆ギレ状態の野薔薇に同意しかない。学生のみんなはともかく、社会人でもこの値段のするシャツをお目にかかる事は早々無い。私の給料の何倍もする洋服とか簡単に買っちゃうし、悟とは一応恋人同士だけど価値観が全く合わない。
「みんな集合!」
野薔薇の号令を合図にみんなは輪になって話し始めた。
悟にどうやったら許してもらえるかの作戦会議中なので、私は副担任として温かく見守る。みんなを見てると自分の高専生時代を思い出す。悟がいて硝子がいて、傑がいた。私達が背負った業をこの子達に絶対させたくない。だから私達は教師になったんだんたよね、悟。
懐かしい思い出に浸っていると恵が1人で私に歩み寄って来た。
「苗字先生、ここまで手伝ってくれてありがとうございました。後は俺達でなんとかします」
そう言いながら恵が手を差し出して来た。感謝の握手のつもりなんだろう。恵にしては珍しい事をするなと思っていたけど、感謝が素直に嬉しくて私も手を差し出して両手で握手をする。恵達は自分達で解決するつもりだろうけど、でもやっぱり放っておけない。
「駄目だよ。私も一緒に謝ってあげるから、自分達だけでなんとかするだなんて言わないで」
「前から思ってたんですけど、どうしてそんなに善人なのに五条先生と付き合っているんスすか?」
「私は善人じゃないし、悟は悟で良い所もあるよ」
「そんな事言えるの世界中探しても苗字先生くらいです。やっぱ先生もイカれてますね」
呪術師としては褒め言葉、人間としては貶された。少し複雑な気持ちを抱えていると、突然後ろから誰かに抱き付かれる。振り返ると両腕を動けない様にする形で野薔薇に抱き締められていた。
「ごめん、名前先生。私達の為に一肌脱いで下さい」
「え!?」
「今よ、虎杖!」
「悪りぃ、苗字先生!」
悠仁は屈んで私の両足首を赤い紐でぐるぐる巻きにしていく。驚いて動こうとしたら恵との握手はいつの間にか押さえ付けられて抵抗されない様にされていた。
「な、何してるの!?」
両手は恵に、上半身は野薔薇に押さえ付けられ抵抗出来ない。本気で逃げようと試みれば出来なくもないけど、私が本気で抵抗したら皆に怪我をさせる恐れがある。どうしよう、どうしようと悩んでいる内にあっという間に足首は固定され、リボン結びにされた。
「流石に五条先生も25万もするシャツを汚して許してくれなさそうなんで、話し合ってお詫びに苗字先生を差し出す事にしました」
眉一つ変えずに言い放った恵にショックを受ける。その時に全てを察した。感謝の握手は実は手元を押さえ付ける為で会話は背後に回った野薔薇に気付かれない様にする為だったんだ。恵を幼い頃から知っている身としては、みんなと仲良くしているのは嬉しいけど私をハメる形で仲良くして欲しくなかったよ。
「横暴すぎる!恵、そんな子に育つなんてショックだよ」
「流石に8万出すのはちょっと…」
「悟は謝れば許してくれるって」
「許してくれそうですけど。あんな人ですし苗字先生はもしもの保険です」
「私を保険で使わないでくれないかな!?」
真顔で恵に保険って言われ再びショックを受けた。扱いが副担任の地位からどんどん下がっている。そんなやり取りをしている内に悠仁は別の紐を持ってきて、手首も同じようにリボン結びに結ばれる。
「ちょっとみんな!流石にやり過ぎ!」
「逃げられたら困るんで、俺らが苗字先生を五条先生に差し出すって知ったら逃げるでしょ?」
「当たり前だよ!」
「おっはー。伊地知から僕のシャツ預かって…何してんの?」
そうこうしている間に悟がやって来た。すかさず野薔薇がマリメッコ模様のシャツを掲げて頭を下げる。
「五条先生のシャツ、汚しちゃいました。すんません!お詫びに名前先生をあげるので許してください。虎杖!」
「応!」
「きゃっ」
野薔薇の呼びかけで悠仁が私を抱き上げ悟に投げる様に手渡した。両手両足を拘束されているからか私は完全に物扱いだ。いきなり私を渡された悟は反射的にといった形で横抱きに受け止める。
「悟…」
悟は不思議そうに私を見下ろし、やがて状況を理解したのか、にっこりと唇に弧を描いた。
あ、この笑顔やばいやつだ。
「いや〜流石は僕らの生徒達だ。僕が一番喜ぶ術を知ってるね」
「何言ってんの!?」
「生徒達の思いを汲むのも教師の務め!」
「普通に考えて教師を売るとか指導する立場でしょうが」
「いやいや、せっかくの好意を無碍にするなんて僕のポリシーに反する。折角だからこのまま帰って縛りプレ…」
「わー!わー!ストップ!!」
悟の言葉を遮る様に大声を出し、縛られた手で慌てて悟の口を塞ぐ。続く言葉は教育上良くない。生徒の前で普通に縛りプレイとか言うつもりで危なかった。口を塞がれるのが嫌だったのか悟は私の手をペロリと舐める。
「ひやっ!」
驚いて思わず離した手の下の口元は相変わらずニヤニヤしていた。
「野薔薇〜そのシャツ捨てていいから。みんな、お詫びの品ありがとう。んじゃ僕達は用があるのでお先に」
「私は用事無いよ!」
「サンキュー、苗字先生」
「私達の為にありがとう、名前先生」
「頑張って下さい」
親指突き立てながら2人は笑顔で1人は無表情で私達を見送る。悟は楽しそうに部屋を出て帰宅しようとしていたので私は抱っこされながら一生懸命に抵抗した。
「悟、下ろして」
「いや〜有能な生徒達を持てて僕らは幸せだなぁ。あ、勿論下すよ、ただしベッドの上にね。せっかくだし、いつもよりハードなプレイを楽しもうか!」
「学長助けてー!」
私は何も悪い事はしていないのに生徒には売られ、恋人にはハードなプレイとやらを要求される。夜蛾学長に会えば助けてくれそうだと祈っていたけど結局会えず、私の願いは虚しく散り、私はシャツを汚したお詫びの品として悟に弄ばれるのだった。
21.0319