「うん!上手くできた!」
配置よし、彩りよし!テーブルに並べられた料理の数々に自分で自分を褒めたくなる。不器用な私にしては完璧とも言える出来栄えに思わず笑みが零れた。
久しぶりに被った恋人との休日は零の家で私の特性ランチでおもてなしする事になった。料理は得意では無いけど零の為にネットでお洒落で美味しそうなレシピを漁って練習した甲斐があった。
おもてなしと言う事で、零が好きだからセロリのサラダもメニューに入れた。けれどもそのセロリ達は私の器にほぼ入っていない。実は私はセロリが苦手で盛り付ける時はいつも零の器に直行している。もちろんその事は零には内緒だ。
でもこれで終わりではない。零にまず褒めてもらわなくちゃ。冷めたら美味しい料理も味が落ちてしまうから、出来立てを早く食べて欲しくて私は上機嫌で零を呼びに別室へ向かった。きっと驚いて、褒めてくれる筈だと思って探すと零は外を見ながら誰かと電話をしていた。
「お蕎麦いいですね。僕、蕎麦好きなんですよ」
近づいてみると微かに女の人の声がする。どうやらポアロの梓さんと電話している様だ。零の事を疑っているわけでは無いけど、女の人と電話するのは正直面白くない。
出来立てを食べて欲しかったからか、私といるのに女の人と電話しているのが面白くないと感じてしまったからか、私は普段はしないのに電話の相手の梓さんに聞こえない様に小声で話かけた。
「ねぇ…ご飯出来たよ」
私の呼びかけに零は振り返り、スマホを少しだけ離して手で電話口を塞ぐと口を開いた。
「すまない、先に食べててくれ」
そう言うとまた私に背を向けて梓さんと会話し出した。
「僕の都合ですか?いつでも大丈夫ですよ。梓さんに合わせます」
その瞬間、お腹の底に冷たい物が走った。梓さんとはほぼ毎日会っているくせに、その電話は今しなきゃいけないの?私の目の前でデートの約束だなんて、いくらなんでも酷すぎる。ご飯だってリクエストしてくれたから一緒に食べたくて作ったのに零は別々に食べたかったんだ。
傍から見たらそれだけで怒るの?と言われそうだけど今の私には零の言動を流す事は出来なかった。
『あぁ、そうですか。私との時間や食事より梓さんとのお蕎麦屋さんデートの約束の方が大事ですか。分かりました。さようなら』
本当は大声でそう怒鳴ってやりたかったけど、ぐっと堪えて踵を返した。
私は唇を噛み締め、キッチンに戻り零と一緒に食べる筈だった料理をラップに包んで冷蔵庫にぶち込む。本当は流し台かゴミ箱にでも捨ててしまおうか考えたけど食べ物に罪は無いし、勿体なく感じてしまった。
零の好きな和食、普段零にばっかり作ってもらってるからお礼も兼ねておかずも5品作った。セロリも入れて喜んで貰えると思ったのに。献立を考えて、今日会える日を楽しみにしていたのは私だけだったみたいだ。
私がそんな事をしている間も零は気付かず、楽しそうに梓さんと会話している。もうダメだ、今日は一緒にいたくない。
零に怒鳴りはしなかったけど、感情的になってしまった私は自分のバッグを手に取り、靴を履いてこっそり零の家から出て行った。
夕暮れの街中を1人寂しくドボドボと歩く。
久しぶりに会ったのにこのザマだ。こんな筈じゃ無かったのに、もう別れちゃおうかなぁ…。
なにが、久しぶりになまえの手料理が食べたい、よ。なにが、この前のデートをすっぽかしたお詫びに今日一日はなまえを独占したい、よ。嘘吐き。仕事ばっかり優先していつも私は置いてけぼり、その癖に会えたらああだもの。零の気持ちなんてもう分からない。
目がじんわり熱くなったけど泣かなかったのはこんな事日常茶飯で慣れてしまったせいなのか、彼への気持ちが薄らいでいるのかよく分からなかった。
家に帰り着く頃には着信が何件か来ている事に気づいた。音は消しているけど画面に出てくる彼の名前が鬱陶しくて、電源を切ると静かになった。
今は話したく無い。
帰宅して早々に化粧を落とす。久しぶりに会うから気合いを入れて化粧もしたのに無駄だったな、と自分で自分に追い討ちをかける。
そういえば昔は可愛いとか褒めてくれたのに最近はそれも無い。会ったらご飯食べて、風呂に入って、身体を重ねて終わり。セフレとほぼ変わらないじゃないか。…あーダメだ。全部悪い方に考えてしまう。昔は零も忙しいから仕方がないよね、って笑って許せる良い子ちゃんだったのに。
顔を拭きながら、ため息を吐くと玄関のチャイムが鳴った。
こんな時の来客は零だと分かってはいたけど一応モニターを確認する。するとやっぱりそこには暗い表情の零がいた。来てくれたのは正直嬉しかったけど、それを素直に言える程今の私は冷静じゃない。これ以上関係を悪化させたく無くて居留守を使う事にした。
けれどももう一度インターホンが鳴らされる。いるんだろ、分かってるから出て来いよ、と言われているみたいだった。そんな彼に根負けして私は通話ボタンを押した。
「ーーはい」
「なまえ、ごめん」
零は捨てられた子犬みたいに悲しそうな表情と声をしていた。何かある度にいつもそれを見せられると許してしまっていたけど彼の謝罪を素直に受け入れられ無いのは、もう限界なのかもしれない。
「それは何に対しての謝罪?私をほっといて他の女の人と電話していた事?それともこの前のデートをすっぽかした事?」
「それは…」
零にしては珍しく口籠もった。それを言えば何も返せないのは分かっている。嫌な女だと思われちゃっただろうか?でも私も止まらない。
「今日は帰って。しばらく顔合わせたく無い。ま、別に零は忙しいから意識しなくてもまたしばらくは会えないわね」
「なまえ…」
今のは良くなかったと自分でも分かった。だから話したくなかったのに。言った後に後悔しても遅いけど、零が求める話の分かる良い子ちゃんはもういない。
「帰って…さよなら」
これ以上零を傷つけたくなくて、インターホンを切った。もう終わりかもな、と目に涙が浮かぶ。
自分で終わらせておいて、泣きそうになるなんてやっぱり私は我が儘だ。
あーダメだ今度は泣きそう、そう思っていると玄関からガチャガチャと聞いた事の無い音が聞こえる。何事かと思って玄関へと行くと閉めていた鍵がガチャリと回りドアが開いた。
「え?…は?」
「お邪魔します」
丁寧で律儀な挨拶はとても不法侵入をして来た人がする物とは思えない。勝手に入って来てお邪魔しますなんてどう言う事よ。そもそも零はこの部屋の鍵を持っていない筈だ。あり得ない状況に浮かんでいた涙も引っ込む。
「合鍵渡した記憶無いんですけど」
「無用心だよ、なまえ。チェーンロックをいつも掛けとけよって言っているじゃないか。じゃないと俺みたいにピッキング出来る奴から簡単に侵入されてしまうよ」
そう言いながら零は鍵とチェーンロックを掛けた。
ピッキングも出来るとは、恋人のスペックを舐めきっていた。そんな事も出来るのかと思わず感心してしまう。あんまり驚かなかったのは零が出来る事が多すぎて慣れてしまったせいかもしれない。
私がそんな事を考えていると、靴を脱ぎ部屋へ入って来ようとした。顔を間近で見られたく無くて私は思わず零に背を向ける。
「近づかないで」
「何故?」
「今、すごく可愛くないから」
聞き分けの無い涙目スッピンはいつもより数倍ブサイクだ。自分でもこんな顔見たくないし、零にも見せたく無い。
「俺はなまえのそばに行きたい」
「今は嫌。こっち来たら顔見るでしょう?見たら零を嫌いになるから」
「そうか…なら…」
私の言葉を無視して近づくと、後ろから優しく抱き締めてくれた。
「これなら顔は見えない」
相変わらずよく頭の回る人だ。だから私は零には一生敵わないって分かってる。
「本当にごめん。なまえの優しさに甘えてしまっていた。電話を切って君が部屋にいないって気付いた時、肝が冷えたよ」
「……」
「怒ってるよな?本当にごめん。色々我慢してくれたのに、許してくれないか?」
「…別に零は私と別れても、すぐに恋人くらい作れるよ」
あぁ…本当に可愛くない。ここで許していれば良い子ちゃんに戻れたのに。せっかく今日は零と楽しく過ごす予定だったのに、一度狂った歯車は中々元には戻ってくれない。
「なまえがいい」
「嘘。こんな可愛げの無い女のどこがいいのよ?」
「なまえは可愛いよ。本当はセロリが苦手なのに俺に隠している所とか。そんな優しいなまえが俺は好きだよ」
「…っ」
なんだ、バレてたんだ。
零の言葉に今日何回も泣きそうになった涙がとうとう零れ落ちた。手で拭っても全く止まってくれない。優しい言葉や好きって言われて嬉しくて泣くとか、私に似て涙腺も相当な捻くれ者だ。
「いつも泣かせてごめん」
零の前では泣いた事はそんなに無い。泣く時は会えなくて寂しくて1人で泣いてしまう時の方が多い。“いつも”とはそれを言ってくれているのが分かった。それも見抜いてるとか、ピッキングの次は超能力でも身につけたんだろうか。
「……許さない」
「ごめん…なまえ」
「許さないから…今日はずっとそばにいて」
「なら俺の家に愛情たっぷりのご飯があるから、そこに行こう。言い訳にしか聞こえないと思うが、電話した時は待たすのは申し訳ないって思ってあんな事を言ってしまったんだ。すぐに切るつもりだったし、梓さんと2人きりで行くわけじゃないから安心して欲しい。今日の休日だってすごく楽しみにしていたんだ。本当に、ごめん」
「うん…零の家、行く。でも……もうちょっと待って」
ご飯も食べて欲しかったけど、このままもう少し零の温もりを感じていたかった。素直にそれを言えずにいると、私を抱き締める力が少しだけ強くなる。零の体温が更に伝わってきてとても嬉しくなった。零の行動は偶然かと思ったけど、私の気持ちは零に筒抜けなのかもしれない。
私の考えている事が分かるなんて、もしかしたら本当に超能力を身につけているのかもしれない。あり得ない考えだけど、彼なら身に付けられそうだと思ってしまい、零が不思議そうに問いかける中、私は不覚にも泣きながら笑ってしまった。
21.0315
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